紫陽花の花言葉

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優紫は案内されるがまま、屋根のある休憩所へと移動する。 傘を閉じ椅子に腰をかけると、向かい側に白の少女も座った。 「ここなら優くんも濡れないもんね。 タオルとかあればよかったんだけど」 そう言う白の少女から流れる雨粒が、乾いたコンクリートを黒く染めていく。 自分のことは気にもせず、優紫が濡れることばかりを気にしているようだった。 「大丈夫。 そんなに濡れていないし」 「ならよかった。 でもね私、雨が好きなんだ」 「どうして・・・?」 白の少女は、外を眺めながら言う。 「紫陽花は雨がとてもよく似合うの。 弾ける雫が花びらを揺らして、まるでダイヤモンドみたいじゃない? 雨が上がると虹もかかって、カタツムリがやってくるの」 「雨が好き、というより紫陽花が好きって感じかな?」 「そういうことになるのかも。 ・・・それに紫陽花には、大切な思い出があってね」 白の少女は、少しばかりしんみりとした様子で紫陽花を見つめた。 「思い出・・・」 「まぁ、いいや。 今は私のことはどうでもいいの」 「何か話があるんだっけ?」 「そう。 優くん、二人の喧嘩を止めようとしてくれてありがとうね。 あの二人、家庭にちょっと複雑な事情を抱えていてね」 家庭というと自分と同じ。 優紫はそう思った。 自分の悩んでいることが家庭の問題だと分かったのは、彼女たちがそうだったからなのかもしれない。 「自分の意見を押し通そうとするのは、意地を張っちゃっているんだよね。 心に余裕がないから」 何も言えなかった。 両親が喧嘩をしているのを見た時、全身がきゅっと絞られたように感じ、声が出せなくなることがある。 それは決して心地のいいものではない。 怪我をしたわけではないが、何か痛いような気がする。 考え込む優紫を見て軽く目を瞑ると、白の少女は対面から隣へと移動してきた。 一人分の間を空けているのは、優紫が濡れないよう配慮してくれているのだろう。 「二人の家庭事情、ここで話しちゃおうかな?」 「え・・・!? それは流石にマズいんじゃ」 自分と同じように悩む少女たち。 優紫はそう言いつつも、どんな事情であるのか気になっていた。  もしかしたらそれを聞くことで、自分の両親を仲直りさせる方法が見つかるのかもしれないと思ったからだ。 「優くんだから、話しても大丈夫だと思ったの」 当然ながら、優紫は目の前の少女と今日初めて会った。 白の少女が、何故これ程までに信用してくれるのか優紫には分からない。 だが、そう言ってくれるのなら断る理由もなかった。 「じゃあ・・・」 白の少女は一息溜めると、神妙な面持ちで話し出す。 「まず、青ちゃんのことなんだけどね。 ・・・あの子、貰われっ子なの」 「貰われっ子・・・?」 「うん。 悪く言えば、親に捨てられた子。 小さい時に捨てられて、それからはずっと施設で育ったの」 「そう、なんだ・・・」 「幸いだったのは小学校に上がった時、新しい家族に迎えられたこと。 ただ青ちゃん“家族”っていうものに興味がなくて。 とても優しくて温かい夫婦でも、やっぱり親として見ることができないみたい。   もしかしたら、また裏切られることを恐れたのかもしれないね」 「じゃあ、青いお姉さんが言っていた『離婚した方がいい』っていうのは?」 優紫の疑問に、首を捻りうーんと唸り声を上げた。 「青ちゃんにとって、家族っていうのは意味のないものなの。 生活を回すだけの集まり、って思っているのかもね。   それで喧嘩をしてしまうなら上手くやれる人と家族していなさいって、そんな感じなんだと思う」 優紫はそんなことを考えたこともなかった。 両親のことは大好きだし、その二人以外は考えられないというのが本音だ。 ただ、そんな両親にもし捨てられたら。 それを考えると、ゾッとする程に怖い。 「僕は・・・」 「大丈夫、無理に答えを出さなくても。 ただ聞いてほしいだけだから」 「うん」 「それでね、今度は桃ちゃんの話なんだけど」 「桃のお姉さんも、酷い目に?」 「えっと、桃ちゃん、というより桃ちゃんのお母さんのことなんだ。 義理のお姉さんから、酷いいじめを受けているんだって」 「え、いじめ!? どうして? 家族なんだよね?」 「一応ね。 義理のお姉さんは、桃ちゃんのお父さん、つまりお兄さんのことがきっと大好きなんだと思う。 誰にも渡したくないくらいにね。   ・・・桃ちゃんのお父さんとお母さんが別れてしまえば、また自分のもとへ戻ってくると考えているんだよ。 そんなわけないのにね」 兄弟のいない優紫にはピンとこなかったが、よくないということは何となく分かった。 「お父さんは必死にお義姉さんを止めているんだけど、お母さんは参っちゃっているみたいで。 そりゃあ、身内からいじめられていたら怖いし、心もやられちゃうよね」 「そうなんだ・・・。 桃のお姉さんはどう思っているの?」 「両親が別れないで、今のまま頑張って乗り越えてほしいって思っているよ。 二人の仲はいいんだから当然よね。 体調にも影響が出ているのを、心配しているみたいだけど」 「そっか・・・。 だから二人は、あんなに意見が割れていたんだね」 「そういうこと。 難しいよね、私も優くんみたいに『白はどっちの意見に賛成なの?』って聞かれたら、絶対に答えられないもん。 だから私は。二人の喧嘩を止めることができないの」 お手上げといった表情で、白の少女は背もたれに深く身体を預けた。 スカートが持ち上がり、僅かにむこうずねが覗く。 その時、優紫は確かに見てしまった。 ―――酷い、アザ・・・。 まるで鉄棒の影でも張り付けたような痣が、くっきりと付いていた。 「・・・もしかして、白のおね」 言いかけた時、それを遮るような大きな声が突然横切った。 「青! 待ちなさーい! 今日こそは許さないんだからぁ!」 二人が休憩所を通り抜けていく。 全身びしょびしょの二人から、飛沫が大量に飛んだ。 「ちょっと! 青ちゃん! 桃ちゃん! まだ追いかけっこをしていたの!?」 その声も虚しく、二人の姿は既になかった。 「全く・・・。 あれ? 優くん、どうしたの?」 優紫は通り過ぎた二人よりも、白の少女のアザが気になっていた。 だがタイミングを逃した今、それを聞くことはできない。 「? 二人を見失う前に、引き戻さないといけないの。 悪いんだけど、優くんも手伝ってくれる?」 「あ、えっと、うん」 「ありがとう。 風が強くなってきたから、傘を差す時は気を付けてね。 じゃあ私は桃ちゃんを追うから、優くんは青ちゃんをよろしくね!」 そう言って白の少女は、二人の後を追いかけていった。
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