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その突拍子もない発言に対し、修行はいたって冷静に返答する。
「そういえば誕生日も過ぎてたな。でも人間は楽器と違って、無責任には買えないぞ」
「もちろん、わかってます。俺が成人するまででいいです。成人したら、俺が倍掛けで『買取り』ますから」
「勝行にそこまで言わしめる『友だち』というのは、一体どれほどの価値があるのか、詳しく聞いてみたいな」
にかりと笑いながら、懐疑的な眼差しで息子を見る修行。
任せろと言わんばかりに、電卓と手帳を取り出し不敵な笑みを浮かべる勝行。
「失礼します」
雑談中だった稲葉に一言詫びをいれつつ、勝行は流暢に計画的購入プランを語り始めた。
「俺が一人で生活する間についていたボディガード三人と家事代行契約、ざっと見積もり諸経費こちら。それに対し、今西光という男一人を雇いボディガードも兼用してもらった場合の人件費は夏休みから中学卒業までの期間でここまで。光は街中で一番の不良をも倒したという伝説で有名な、いい腕っぷしの男です。通学中はボディーガードを減らしても、彼がいれば何ら支障ありません」
ざらっと瞬時に出てくるは、数百万単位の数字と、口から出まかせの解説情報。
光はびっくりして思わず叫ぼうとしたものの、酸素吸入器がスコスコ言うばかりで全く声にならない。
「彼の仕事ぶりに関しては昨日までの実績から納得いただけているはず。加えて俺にとっては、たまの休日を共に有意義に過ごせるありがたい『友人』。彼と過ごすことで不純異性交遊の心配もなし。一学期の成績は彼のおかげで無事いい点数も取れましたし……。それに別ルートで彼をピアニストとして育て、将来の相羽家使用人として先行投資するという選択肢もあります。決して損はさせませんよ、大変いい腕をしています」
「ほう、ピアニスト!」
「住まいは現在ローンなしの一軒家。俺がそこの部屋を間借りする形であれば生活費は十分官舎以下の経費で賄えます。当然校区も変わりませんから、引っ越しの手間賃もかかりません。すでにピアノを所有しているので、防音室も完備です」
「おお、お前のあのやたら沢山ある楽器も置けるというわけか」
「幸い義務教育期間中につき、学費は不要。彼への諸経費、残るはこの持病の治療費、ではありますが……慈善活動として身寄りのない難病の子どもに寄付金を送ることで、これだけの節税と絶対的な国民信頼度を高める効果が見込めるかと」
「おおお、さすがは我が息子。政治戦略まで」
「選挙活動のマニフェスト拝見しましたが、『子どもの貧困解決のための包括的な取り組みを実施』、これに先立ちまずは自ら行動を起こす先駆者として実績に盛り込めば、あとこの辺りは奨励支援金などで補填され――」
さすがに勝行が何を言っているのかもうさっぱりわからなくなってきた。とりあえず捕らぬ狸の皮算用でとんでもないことを言っているのだけはなんとなくわかる。そして自分があの男の手伝いをすると約束してしまったことを、少しばかり後悔した。
(俺……どうなるんだろ)
口をあんぐりと開けたまま二人のやりとりを見ていた稲葉は、光の耳元に近寄り「お前の周りは変なのばっかりだな」と苦笑を漏らした。
「妖怪幽霊の類が視えてお祓いまでできる男に、天才サッカー少年・テストは赤点の弟だろ。加えて、親父を誑し込んで友だちを買収するお坊ちゃん」
「…………」
そうやって列挙されると、本当にぶっ飛んでる気がして光はごもっともだと相槌を打った。
「で、お前はピアノと金と美味いもんにつられたら、すぐ調子に乗ってホイホイ騙される単純バカだな。どうせ喧嘩っつっても、あの子のうまい口に乗せられたんだろ。想像つくわ」
(……う、うっせえクソジジイ!)
カチンときた光は、思わず点滴の針が刺さったままの腕を振り上げる。稲葉はそんな光の短絡思考などお見通しだと言わんばかりに、酸素吸入器の上から顔をベッドに押し付け、「ざまあ!」と嘲笑った。病人相手にすることか、と毒づくも、稲葉にそんな文句が通じるわけがない。この男は若い頃、喧嘩をおっぱじめたら殴り合いじゃすまないレベルの大乱闘をしてきたヤンキー暴走族の元リーダー、つまり本物の悪党なのだ。
点滴の最後の一滴がぽつりと落ちて、弱った身体に元気を分けてやろうと駆け下りていく。
そして同時に、相羽家の『今西光売買契約』が本人の許諾を一切得ないまま成立した。
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