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   九 「もうやめようよ!ミイナは全部持ってるじゃない!それでも、我慢できないの?何も持っていない人だっているんだから!」  向こう側で走っているはずのミクが、こちらに歩いてくるのが見えた。  薄いベールで被われた世界から、ミイナと優馬が立っている場所に歩いてくる。その姿は次第に色濃くなってゆき、幼い表情は少しずつ大人の顔になってゆく。 「ミイナが持っていた気持ちは、たくさん経験させてもらったよ。若田先生に憧れて声かけられてうれしくてドキドキする気持ち。早く走れた時のみんなにもてはやされて得意になってる喜び。みんなみんな楽しくて嬉しくて、胸がわくわくする」  ミクは歩きながら目を閉じてうっすらと口元に笑みを浮かべた。  何言ってるのかな、ミクはミイナの事をまっすぐ見つめて近づいてくる。  仲良しの双子、いつも一緒のミクとミイナ。  気が弱いけど意思は強い、ゆっくり考えて答えを出すタイプでおっとりしていてそこがコンプレックス、そんな双子の妹のミク。 「ミイナ、一つだけ願いがあるの。優馬くんと恋人になりたいの」  ミクの言っていることが理解できないでいるミイナに、首をかしげて可愛いポーズを作って笑う。 「もうそろそろ、お願いの期限も切れちゃうと思うんだ。わがままもそんなに長くはもたないとも思うしね。だからね、優馬くんと恋人同士になって渋谷の街を歩きたいんだ。ミイナがいいって言ってくれたら、そのお願いもかなうと思うから」  言っている意味がわからない。眉をひそめて、近づいてくる同じ顔の妹を見つめた。  ああ、どこが違うんだったかな。  そうだ、ほくろがなかったっけ。あたしの目の横にあるほくろが、ミクにはなかったっけ。  そんなことを考えているうちに、ミクはミイナの目の前に立っていた。  横を向くと優馬がいなくなっている。さっきまで手を握ってここまで来た優馬の姿はどこにもなくて、周囲は薄い霧のような靄がかかっている。 「いい?」  ミクが大きな瞳を見開いてミイナの顔を覗き込みながら、哀願するようにじっと見つめてくる。 「何を言ってるのかわからないよ、ミク。優馬くんの事知ってたの?」  そう聞いたミイナの顔から目線をそらすとミクは笑った。 「知ってるよ。ガンちゃんでしょう?近くに越してきたのだって知ってる。ミイナは気がつかなかったみたいだったけど、ガンちゃんはミイナの事が好きだったんだよ。だから、わたしはミイナに教えなかった。だってミイナはミクに対して意地悪だったじゃないの。でしょう?」 「あ」  言葉を失った。  意地悪、ああそうなのかもしれないね、そうだったのかもしれないね。 「わかった」  思わず、そんな言葉が口から滑り出た。すると、ミクは可愛い顔をして笑った。 「ほんとう?いいの?ありがとう、ミイナ!」  わからない、どうなっているのか、どうなっていくのか。わからないけど、あたしは意地悪だったに違いない。だから、嫌だなんてそんなことは言えない。 ミイナの中で、気持ちが強く胸の中で渦巻いて苦しくなってくる。  そうして、急に身体が軽くなって、周りの景色が小さくなってゆくのをミイナは見ていた。  なんだか、とっても疲れた気分におおわれて、もうどうでもいいようなかったるい感じだ。 あれ、そうだなお風呂から出た時みたいにほわんとなって、空中に浮かんでいるんだあたし。  目の前に足元が映って、ミイナは宙に浮いているんだって事がわかったけれど自分の足が、消えていた足がそこにある事で確かに安心することもできた。  胸のどこかが苦しいまま空中に浮かんで、ただもうどこにも行けない気持ちが重くのしかかってくる。
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