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そんなリセンを、少し後ろから眺める男がいた。
その男はフード付きのローブを被っており、頭から足まで全身を隠していた。フードから唯一覗く口の部分はニヤリと口角をあげて不気味な笑みを浮かべていた。
その男はリセンが宿に向かったのを見ると、大通りから外れて人気の少ない裏路地に入った。そしてしばらく進んで周りに人がいないのを確認すると、両手を前に突き出して何事か呟き始めた。
それは呪言だった。魔術師が魔術を行使する際に紡ぐ、まじないを具現する言葉だ。その呪言が男の口から発せられる度、男の足元に模様が描かれていき、そのうちそれは円形の魔法陣となった。
そしてその魔法陣が完全に完成した時、その魔法陣が輝き始め、暗い路地裏を明るく照らし出した。
「……うぅむ。どうも共声魔術の感覚には慣れぬな。それで、動きがあったのか?」
突然届いたその声は、男のすぐ目の前、ちょうど突き出された両手の掌のあたりから響いた。しかしそこには先ほども確認した通り人の姿はない。
これは共声魔術という、遠く離れた人物とまるで隣にいるかのように会話をすることができる魔術だ。かなりの技術を要する魔術で、魔術師協会の魔術師でも上位の人間しか使えないものだ。
「はい……竜の化身にとある人物が接触しました。おそらく魔術師協会の魔術師のようです」
「ふむ……その者の詳細は分かっているのか?」
魔術で繋いだ相手の、老いた者の声は少し驚いたような声調で尋ねた。
「いいえ、まだ魔術師であろうということ以外は……」
「そうか……では引き続き竜の化身の監視を続けろ。同時にその魔術師のことについても調べておいてくれ」
「わかりました。モーリッツ様」
そして男は魔術を停止し、同時に魔法陣を消滅させる。辺りは再び、静かで暗い路地裏に戻った。
その男は宰相モーリッツの部下だった。モーリッツに命令され、竜の化身と呼ばれるリセンを監視しているのだ。その目的は教えられていないが、忠義心の塊と言われるモーリッツのことなのでまた国のためになにか企んでいるのだろうと考えていた。
そして男は路地裏から抜け出し再び大通りへ。そして目立たない程度に早足で歩くと、すぐにリセンの後ろまで追いついた。
こちらに気づいた様子を微塵も見せないリセンを後ろから監視しながら、男は以前モーリッツが言っていたことを思い出す。
「どれほど強大な力をもつ者といえど中身はそこらの平凡な人間。こちらの存在どころか監視されているということにさえ気づかぬだろう」
まさにその通りだと思った。どう見ても素朴なこの青年には、竜の力は不釣り合いなものだろう。何故か最近は竜の力を使っていないようだったが、この分ではおそらく早々にモーリッツの策中に嵌ってしまうに違いない。
男は内心でリセンを嘲笑いながら、それからも誰にも悟られることなく監視を続けていったのだった。
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