2人が本棚に入れています
本棚に追加
竜の力
日暮れ前、約束通りリセンは例の酒場の前で待機していた。
空は曙色に染まり、都内もほのかに暗くなってきていた。少し早い夕食をとる者や仕事から帰ってきた者など、昼と比べても劣ることない人数が大通りを通っていた。
皆が家や宿に帰る時間に出かけるというのは、少し新鮮なかんじだった。この時間に待ち合わせになったのはおそらくヴェレナが昼に用事があったからなのだろう。そんな多忙の中でも同行を申し出たあたり、ヴェレナは相当竜の力について興味を持っているのだろう。
かく言うリセンも興味がないと言えば嘘になる。竜の力とはどんな力なのか、何故自分がそんな力を宿しているのか、そして自分はこの力をこれからもずっと体内に宿したままなのか。とにかく自分のことなので気にするなという方が難しい。
しかしそんな多くの情報を一人で探しだせるとも思えないので、ヴェレナの申し出は実はかなり有難かったりもする。
そんなことを考えているとヴェレナが早足でやってきた。
「待たせて悪いわね」
「いや……。それより少し休憩していくか?」
おそらく急いで来たのだろう。ヴェレナは少し息が乱れていた。
「大丈夫よ。それより早く行かないと遅くなっちゃうから、行きましょ」
そしてヴェレナはすぐに歩き始めた。そんなヴェレナに遅れないよう、リセンも歩調を合わせて歩いていく。
道中、すれ違う人々の視線を感じた。最初はいつものことだと気にしていなかったが、その視線が自分とヴェレナ交互に向けられていることに気づく。
(まあ、竜の化身が女と歩いていたら確かに驚くよな……)
今まで孤立していた者がいきなり若い女と歩いているという状況はさぞ不可解だろう。リセン自身も、正直ヴェレナがどうしてこれほど自分にかまってくれているのかよく分かっていなかった。だがヴェレナもこの状況を気にしている様子ではなかったため、そのまま黙って付いていくことにした。
それからしばらく歩き、南区に入ると黒色の大きな建物が目に入った。ヴェレナの父アーベルがつくった大図書館だ。リセンも建物自体は何度も目にしているが、中に入るのは初めてだった。
ヴェレナに続いて大きな扉を開き、足を一歩踏み入れた途端、リセンは思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
「……すごい数だな」
そこはまさに巨大な書物庫だった。一歩踏み入れただけなのにすでに無数の書物に囲まれた感覚。あれだけ大きく見えた大図書館が、まるで狭いと感じさせるほどの数だった。
壁沿いに棚が設置されておりその棚ははるか上の天井まで届いている。棚の前には書物を探したり読んだりするための広めの通路が通り、それが天井まで何階層にも連なっている。丁寧に種類分けもされているようだ。
大図書館内には多くの人がおりそれぞれ書物棚の近くで書物を読んでいたりするのだが、そのほとんどが魔術師のローブを着ていた。知識を得ることで喜びを感じる魔術師にとって、ここは聖地に近しい場所なのだろう。
「すごいでしょ。私も初めて来たときはこの光景には圧倒されたわ」
ヴェレナが自分のことのように威張ってくる。
「ヴェレナもよくここに来ているのか? ここには魔術師が多いようだが……」
「まあそうね。私も一応、賢者を目指してるんだから、ここに来て書物を漁るくらいはするわね」
「……へえ、ヴェレナは賢者になるのが夢なのか?」
「なによ、文句ある? 魔術師だったら、誰でも賢者に憧れるもんでしょ」
誰かに馬鹿にされた経験でもあるのだろうか。こちらにはそのような意図はなかったのだが、ヴェレナはいきなり不機嫌そうな顔になり、薄眼で睨んでくる。
「文句があるとは誰も言ってないだろ。気になっただけだ」
「……あっそ」
大図書館に足を踏み入れて早々気まずい雰囲気になってしまい、何とか話を逸らそうとする。
「でも、そうだな……。確かにここなら竜の力に関する書物も一冊くらいはありそうだ」
「当たり前よ。まあでも、そうね……これだけ多いと大変だから、遅くならないうちにさっさと竜の力に関する書物を見つけましょ」
ヴェレナはそう言って迷いのない足取りで奥に進んでいく。どうやらおおかたの種類分けの場所を把握しているらしく、竜の力が類する書物の入っているのであろう本棚の前で立ち止まった。
目の前にはかなりの高さがある本棚が四つほど並べられていた。
「さて、ここから手分けして探しましょ。あたしはこっちから、あんたはそっちからね」
ヴェレナは本棚の一番左の本棚の前に立ち、まず一冊目の書物に手を伸ばした。
リセンも指をさされた右側の棚から、上端の書物を引っ張り出した。どうやら相当古い書物のようで、破れていたり折れているページがあった。
書物は時々描かれている図以外は文字が殴り書きのような字でページ全体にぎっしりと書いてあるので、一ページを読むだけでも時間がかかりそうだった。全て読んでいては埒が明かないため、竜の力と関わりがありそうな箇所以外はざっと目を通すぐらいで済ませるようにした。それでも一冊の書物でも相当な厚さがあるため、これは骨が折れそうだ、とリセンは長期戦を覚悟したのだった。
最初のコメントを投稿しよう!