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反応
先日、大図書館で竜の力について調べたリセンだったが、だからといって日常が変化するわけでもなかった。
竜の力を封印してからは徐々に周囲の者からも怯えられなくなり、今では避けられることも、話していて怯えられることももうほとんどなくなってきていた。
「リセンさん、これ食べていきません? 安いですよ」
いつものように王都を歩いていると、屋台の中から声を掛けられる。その屋台はどうやら串焼きを販売しているらしく、見るからに美味しそうなタレのかかった鶏肉の串焼きから食欲をそそる香りが放たれている。
ごく稀に、こうして向こうから声をかけてくる人も現れ始めていた。力を失くし、自分たちと同じ生活をしていると思うと安心したのだろうか。何にせよ、人から話しかけられるということは嬉しいことだった。
「ああ、じゃあ一本もらおうかな」
「お買い上げありがとうございます。はい、どうぞ」
リセンが金を払うと、上機嫌な様子で串焼きを渡される。特に腹が空いていたわけでもないが、こうして声を掛けられると断りづらいのだ。
今はそうでもないが、竜の力を使っていた時には国からそれなりの褒賞を貰っていたので、リセンは金だけはもっていた。もちろん、いつ盗られるかわかったものではないので常時大金を持ち歩いているわけではないが、それでも服のポケットから銀貨や金貨をつまみ出せる程度の金は持っていた。
だが誰もが知る竜の化身ことリセンが金持ちであることは、もはや周知の事実である。商人たちからすれば、おそらく商売のいい的になってしまうだろう。これからは金を使うことにも気を付けないといけない。
そんなことを考えつつ歩いていると、どこからともなく声をかけられる。
「あっ! おにぃちゃん!」
ちょうどリセンの進行方向で、母親と手をつないだ女の子がこちらを指さしていた。
リセンはしばらく記憶を遡ったのち、その女の子が以前リセンを恐れて逃げる人に押され、転んでしまった女の子だと気が付いた。
女の子は母の手を手放すとこちらに駆け寄ってくる。
「おにぃちゃんまた会った!」
「……久しぶりだな。元気にしてたか?」
その無邪気さに、つい手を伸ばして頭を撫でてしまう。しゃがんでようやく目線が合う背丈だ。すると女の子はにこりと笑ってそれを受け入れた。どうやら随分と懐かれたらしかった。
「あの……その節は失礼しました。うちの子を助けていただいたのに……」
母親も以前のように怯えた顔ではなく、今度は申し訳なさそうな顔で近づてきた。
「大丈夫ですよ。慣れていますから……」
リセンの返答に、母親は複雑そうな笑みを浮かべてくる。こちらの苦労を悟ったのだろうか。
「おにぃちゃん人気者なんだね! みんな見てるよ」
突然、女の子が服の袖を引っ張りながらそう言ってきた。その言葉に母親の笑顔はさらに複雑度を増した。
皆が怯えなくなったとはいえリセンは有名人である。道を歩いている途中でそんなリセンがいれば、気になって誰しも一度は見てしまうものだ。
それに以前は竜の化身と恐れられていたリセンが小さな女の子の頭を撫でているのである。そんな光景、滅多に出会うことはないため、今も皆の注目を集めてしまっているのだ。
しかしそれが収まるのももはや時間の問題だろう。リセンの存在も今や、人々の日常に溶けつつある。
力のない者は特別な力のある者を、自分と同じ存在だと捉え難い。しかしヴェレナの言う通りこの世界の住人のほぼ全員が特別な力のない者だ。リセンも、その多数の方に徐々に受け入れられつつあるのだ。
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