葛藤

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葛藤

 竜の力を使わないということについて考えていたリセンだったが、この状況ではそんなことを冷静に悩んではいられなかった。  自分の少し先で我が国スクレーブ国の軍と敵国ゼンギューブの軍が衝突(しょうとつ)し、今や混戦(こんせん)となっている。いつもであれば先陣(せんじん)を切って敵を(ほふ)っていくリセンだったが、今回限りは少し後ろで、味方の軍と敵の軍が戦うのを観察しているのだった。  だが我が国スクレーブはリセンを中心とした(じん)()いている。国力が我が国の何倍もある敵国ゼンギューブと、リセンの力なしで戦えば敗北はもはや確定しているようなことだ。げんに、味方の兵が次々と()り伏せられ、敵の兵が徐々に後ろまで流れ込んできつつある。さらに味方の兵士たちはこれまで頼りとしてきたリセンの圧倒的な力の存在がないことに浮足立(うきあしだ)ち、士気(しき)も低い。  これが、リセンが力を使わなかったときの我が国の戦力である。数、質、そして武具(ぶぐ)や士気。全てにおいて敵国に(おと)っているのだ。味方の兵士たちはほぼ一方的に蹂躙(じゅうりん)され、断末魔(だんまつま)をあげながら肉塊(にくかい)となっていく。  こんな状況を見せられて、力を使わずにいられるだろうか。この戦況を覆す力を持ちながら、目の前の兵士を救う力を持ちながら、それでも自分は力を抑えておくことができるだろうか。リセンは自問する。  赤髪の少女は言った。この世には特別な力を使わずに生きていける人がたくさんいると。それはそうだろう。むしろこの世界の中で特別な力を持っている人間など数人しかいないだろうし、それ以外の人が生きていけない世界かと言われればそうでもない。  だが目の前の兵士たちは。都にいる妻子供を守るため、命を()して戦っているのだ。そして力及ばず死んでいくのだ。そんな人たちを、自分は生きていけるからといって見捨てるのか。今まさに非力ゆえに死んでいく仲間たちを他人事として切り捨てるのか。 「そんなこと、できるわけがない!」  躊躇(ちゅうちょ)などしていいはずもない。敵をやらねば味方がやられるのだ。ましてここは戦場。己の持つ力を使い我が国を勝利に導くことの何に躊躇(ためら)う必要などあるだろう。戦場とはそういう場所だ。そして今自分がいる場所は、紛れもなくそんな戦場なのだ。 「オォォォッ!」  雄たけびを上げる。これまで体内で(くすぶ)っていた強大な力を一気に解放し、それを全身へ伝える。次第に体中が熱くなる感覚。皮膚(ひふ)は硬化し、爪牙が伸びる。  そして地面を蹴り高く跳躍(ちょうやく)すると、一気に最前線へ舞い降りた。  まるで地面すべてを埋め尽くすかのような死体の数々。リセンはその隙間に足を踏み入れた。見渡すと、死体のほとんどが我が国の兵士である。リセンは一度強く歯を噛むと、死体に背を向け前を見た。  そこに広がるのは敵の兵の軍勢。がっちりと鎧を着こみ、鋭利(えいり)(やり)や剣を手にする兵士たちが波のように一気に押し寄せてきていた。それはとても迫力のある光景だった。  しかしリセンは微塵(みじん)(おく)することなくその中に飛び込んでいく。その体は槍で刺され、剣で斬られ、弓を射られる。しかしリセンは血の一滴もこぼさず、無傷のままでいた。 「バ、バケモノだ!」  敵の兵士に動揺が走る。それも仕方のないことだった。どれほど多くの人数で攻撃しても、その体には傷さえつかないのだから。  そしてリセンの殺戮(さつりく)が始まる。鎧を裂かれ、体を潰され、炎で焼かれ、兵士たちは次々と悲鳴をあげながら倒れていく。先ほどは一方的に虐殺(ぎゃくさつ)されていた味方の軍勢だったが、たった一人の力で形勢が逆転し、今度はこちらが一方的な虐殺をする形となっていた。  地面にはもはや幾つもの死体が転がっている。しかし下を向かないリセンには、その死体がどちらの軍勢の人だったのかなど、わかるはずもなかった。
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