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その8
その8
砂垣
「わー!なんだ、こりゃー!」
俺は思わず、こう大声を発してソファから飛び上がったよ
「ぎゃははは…、みんなー、この人面白いでしょ?これ、十八番なのよ、彼の。いきなり仰天するギャグ…」
客と店の女、3人が全員、麻衣のフリに大笑いしてるよ…
勘弁しろって…
笑い事じゃねーだろうよ
目の前の”ブツ”はどうしたんだっての!
...
”それ”は…、爪だった
赤いマニュキアの塗ってある、小さく、爪の先は上品にとんがってて…
どう見たって人間の、しかも若い女性の生爪だろうが…
「もういい?じゃあ、しまうわよ。それさ、持って帰ってね」
麻衣は”それ”の収まっている小さい箱にふたを閉め、包装紙で包みなおしている
「お持ち帰りなんてゴメンだぞ、そんなの。いらねえっての!それより、”それ”、どういうことだよ!」
俺の体にぴったりくっついている、その恐ろしい女に思わず問いただしたよ
「あなたがいらないんなら、このマニュキアと一緒に届けるわ」
無視しやがった、コイツ
「誰にだよ?」
「決まってるでしょ、この爪の主よ。ついでにその高級品、爪に塗るとこも見てこようかしら。もっとも、一本足りないから、悲しませることになるかもね、全部塗れないわって…。いや、その分は足に塗りゃあいいんだわ。ねえ?」
「…」
コイツのイカレ度、ギネスブックに載れるって…
...
「あのよう、結局、俺に何がしたいんだよ?」
「凄い汗ね。拭いてあげるわ」
麻衣はおしぼりで俺の額の汗をぬぐってる
こんな何気ない動作でも、こう近くでコイツにされてるかと思うと、恐怖心で心臓がバクバクしてくるよ
「あなたとはね、今日、全部決めごとをつけてたいのよ。その前にさ、アツシからあなたが聞いてること、結構事実と違うことあるんで、私が訂正してあげるわ」
「アツシが俺に伝えたこと、お前が知ってるってことかよ!」
「知ってるも何よ、”原稿”はこっちが渡したんだもん。まず、明石田のおじさんが制止したって話、あれは全くウソ」
マジかよ…!
...
「あんな下っ端に、叔父貴さんがわざわざ関わる訳ないわよ。あの時は私のダーリンが責任者で、すべての判断を下してたわ」
なんてことだ…
俺の汗は、額どころか、すでに全身を潤していた
...
「それと、アツシがあなたのことは、何もしゃべらなかったとか何とかね…、それもまるでつくり話。あの人、全部吐いたわ。すべて残さず」
「…」
あああ…
もうダメじゃん、それじゃ
ひょっとしたら、今日で俺の人生、終了かもだ…
...
「なんか、汗、拭いてもキリないわね。まあ、好きなだけ流せばいいわ。ええと…、だけど、ホントのことも言わないといけないか」
麻衣は水割りを作りながら、さらっとした表情で続けた
「指5本分の話、あれはそっくりそのまんまよ。私、はじめから最後まで、ノーカットでしっかり見てたんだよね。アツシの自白を迫った進行役も私が不慣れながらね…」
「じゃあ、アツシにこの店に行くようにってのも…」
「そうよ。真樹子さんを迂回したあのメモの字も私よ。かわいい字だったでしょ?」
これはヤバい
麻衣に追い込まれてる…
カウンターの客と両脇のホステス二人はどうなんだ?
普通に楽しく会話してるが…
麻衣の手の者じゃないのか!
...
「ハハハ…、砂ちゃん、とりあえず言っとくよ。今日ここで、いきなり撲殺人が出てきて、何か危害を加えたりはないわ。この店の人も何も知らない。ふふ、ちょっと安心したでしょ?」
当たり前だよ…
でも、良かった、それだけでも聞けて
ふう…、生きた心地がしなかったわ
だけど、なら、ここに呼びだして俺に何を…
...
「よく聞いて。あなたがアツシから知り得たこと、これをあなたが他に漏らせば、もちろん殺されるわ。そりゃあ、まずいもの。でも、砂ちゃんがずっと胸にしまっとければ、それでいいのよ。じゃあここで確認ね。絶対、口外はしないって約束できる?」
「その前に、俺がすでにしゃべっていたらどうすんだよ?」
「あなたがまだおしゃべりしていないのは、確かめなくてもわかるわよ、私には。砂ちゃんが自分の欲望に忠実な現代人だって承知してるから。さあ、どうなのよ?生涯、チンコロしないって誓えるの!」
そう凄む麻衣はすでに俺を圧倒してる
つくづく恐ろしいガキだ
天然記念物に推薦したいくらいだよ…
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