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「絃翠……。笙明ではその役、到底無理じゃ。それは本人が一番よく知っておるはず。なあ?笙明よ」
顔も見ず冷酷に話す晴臣に対し四男の笙明はじっと父親を見つめた。
「はい。兄上様のおっしゃる通りです。私には弦兄様の代わりは無理です」
「父上。本人もこう申しております」
「……そう言うな。お前達は兄弟ではないか」
先祖代々、都の大社天満宮の神官を継ぐ八田家は陰陽師の血を引く一族である。長兄の実力者、晴臣はこれを継ぎ、弦翠は帝の周囲の守護をしていた。三男紀章は婿に行き別院を継いでいた。
四男の末息子、二十歳の笙明は目下修行の身であり天満宮の下院に務めていた。年少時に両親を亡くした彼は叔父夫婦に四男坊と育てられたが三人兄に比べて異才な能力は薄く、その遜色を補うようひたすら術の修行をしていた。
小柄であるが眉目麗しい面の彼は素直で兄思いの弟であったので、温情ある紀章は自分が行くと言い出した。
「義父を説得して見せます」
「止せ。そのような事をすればせっかく結んだ婚儀が無駄になる」
「しかし」
紀章が婿に行った別院は元は八田家所有であったが、祖父の代に他人に渡っていた曰く付きの社であった。この度の婚儀にて取り戻した形になっていたため晴臣が決して許さぬと三弟を静かに睨んだ。
長兄の無慈悲な声に紀章もまた下を向いたが、この重苦しい場を滅するように八田家当主が厳かに口を開いた。
「案ずるな。ここは私が参る。お前達で八田家を守るのじゃ」
老齢の父の言葉に息子達は驚き目を向いた。
「父上?何を仰せですか」
「それは無理です」
「ですから私が」
「父上様。兄上様」
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