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「いいえ……どうぞ、お茶ですが」
静々と茶を運ぶ娘を笙明は黙って見ていた。十四、五歳と見られる娘は、それは色が白く美しく、艶やかに光る黒髪をしていた。粗末な着物の村娘であったがどこか品があり三人はその横顔を思わず見ていた。
「皆さんも、この村の病を調べにきたのですか」
ゆっくりと話す娘の問いに龍牙は答えた。
「まあ。そんなところだ。ところで娘。この家の主人はいかがした。挨拶をしたいのだが」
「……奥の座敷で伏せっています。この村の者はみな、死んでしまいましたので」
娘の悲しそうな顔を見て龍牙は思わず弔いの数珠を構え、篠も念を一言唱えた。龍牙は黙って茶を飲む笙明を見つつ話を続けた。
「して。何ゆえにそなたはこうしておるのだ?病の家族を看ておるのか」
「そうです。私がいなくなったら家族は死んでいまいます」
「そうか……」
娘は返事をすると奥の部屋へ行き、包みを取り出しきた。
「旦那様。これはうちで織った反物です。どうか、買っていただけませんか」
純白の美しい反物を差し出した娘に受け取った龍牙と笙明は目を見開いた。艶やかに光る薄衣い笙明は低い声で尋ねた。
「……なんと美しき織物よ。して、これは何の糸で織ったのだ」
「申せません」
「……」
反物を手に取り興奮している龍牙と篠であったが、笙明は黙って娘を見ていた。口を結ぶ娘を見た笙明は、娘に代金をやった。
「こんなに良いのですか」
「ああ。しかし、この反物あるだけ買おう」
笙明は銀をはずむので織物をさらに注文した。ここで娘は奥の部屋に行き、誰かに確認した後、これを了承したのだった。
◇◇◇
「しかし。ここで一人で病人の世話なんて可哀想ですね」
「わしも都に娘を置いてきておるので、気の毒でならないな」
「……」
夕刻。娘の勧めで泊まることになった三人は、粥を馳走になり寝床の部屋で休んでいた。寝支度をした笙明は二人の会話を耳しながら横笛を磨き春の朧月夜を望んでいた。
「でもさ。笙明様がさっき銀をあげたし、もっと買ってあげればいいもんね」
「あれは見事であったしな。妖よりも喜ばれそうだ」
笙明はどこか寂しげに呟いた。
「……朧月か……幻であってくれれば良いがな」
こうして一人物思いにふけっている彼は、二人に早く寝るように言い、自分は先に床に付いた。
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