苧環が咲き誇れば

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元の名は忘れた。 忘れていいのだ。だってあのお方は私なんぞ、見ていない。 ただ、性別が女であるだけの私なんぞ、見ていない。 美しくない、華やかでもない、色気もない。そんな魅力の一つもない私なんぞ見ていない。 だから今まで使っていた名は忘れてしまった。忘れてしまっていいんだ。あの人の心に刻まれない名前なんて意味がない。 それは私がまだ歳が12の時の話だった。 「苧環{おだまき}!萩野宮さまがお越しよ!」 女将さんが私の名前を呼ぶ。私は可愛らしく「は~い。」と返事をすると、女将さんの呼ぶ方、つまり萩野宮さまのところにそろりそろりと重たい着物を引きずりながら向かった。 ここは高尾屋。この吉原随一の大きさを誇る妓楼だ。私は12になったあの夜。自ら、この高尾屋に、この遊郭の世界に飛び込んだ。
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