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「おお!苧環!今日も美しいのう。」
萩野宮さまは30半ばの呉服屋の跡取り息子だ。萩野宮呉服店は幕府の姫方の着物を卸すくらいの幕府御用達の店。だから金だって腐るほど持っているし、こんなにでっぷりした貫禄ある体格でいられる。昔の私みたいな食べ物に困ってガリガリになんかなったこと、ないだろう。
「さあ、おいで苧環。」
萩野宮さまが気持ちの悪い猫なで声で私を呼ぶ。いつもそう。私は顔を顰めそうになるけれど、気合いでにっこりと萩野宮さまがお好きな私の顔を作った。
「そなたはまこと美しいのう。」
「ありがとうございます。」
この高尾屋は花魁言葉を使わなくていい。お客様に失礼のない態度であれば地方の言葉でも話していいことになっている。他の妓楼の遊女たちは花魁言葉を使っているがうちは使わなくていいというのがかえって新鮮で、ここに来るお客様も多いのだ。
大事なのは心。無理に使う花魁言葉ではない。女将さんはそう言う。
元吉原で一番人気だった女将さんは高尾太夫だった。その高尾太夫が言うなら間違いないだろう。
でも私にはお客様を思いやる心なんてない。あいつに復讐する気持ちしかない。
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