4.ニンジン作戦

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4.ニンジン作戦

 二十時になり、日暮は初めて、都のホームページにアクセスした。  SLPこと自粛ポイントの説明に、目を走らせる。さっそくアプリをダウンロードする。  自宅の位置情報を登録し、エントリーしたいジャンルを選ぶ。日暮が選んだパチンコのほかは、観光だと旅券に交換できる一日十キロのマイレージポイント。ジョギングならば、一日五千円ポイントが貯まり、ジョギングシューズなどに交換できる。  ただし、午前と午後と夜間に三十分づつの外出はOKで、一分超えるごとに百ポイントが減算される。また、登録者にコロナ感染者がいた場合は、全会員にGPS位置情報が公開され、注意を促す機能もついている。  貯まったポイントは、GW最終日の五月六日の深夜零時に、GPSの行動履歴を基に集計され、アプリにポイントが付与される。  このアプリは、ものの二日で五千万ダウンロードされた。ポイントを利用しないユーザーが大半だったが、コロナ感染情報をタイムリーに知ることが出来るため、自粛派のリスクヘッジアプリとしても人気を博したのだ。  一方で、日暮をはじめとした、コロナや医療崩壊を他人事(ひとごと)としか思わず、勝手気ままに行動していた連中が、こぞってジャンル登録し、コツコツとポイントを貯めていった。  行動心理学者と知事会の狙いが、ズバリ当たったのだ。公にはしていないが、この取り組みを裏ではストラテジー・キャロットと称していた。ニンジン作戦だ。  日暮を例にあげれば、感染防止よりも、パチンコで得られる自分の快楽を優先している。つまり、目先の快楽というニンジンに弱いのだ。  自粛が出来る人たちには、バンドワゴン効果が働いている。皆と同じ行動をとっていないと不安になる心理だ。たとえば、会費を振り込まない人に「早く振り込んでください」と促しても効果は薄いが、「未払いの会員はあなた一人だけです」と言われれば、たいがい直ぐに振り込むことが実証されている。これがごく一般的な心理だが、何割かは日暮のように、鈍感な人種も存在する。  そこで、不安をつつくのではなく、快楽、つまり報酬に焦点を絞ったのが、自粛ポイントのニンジン作戦だ。馬耳東風の馬にニンジンと、洒落も効いている。  日暮のような、自粛することにはなんらメリットを感じない人種も、自粛の結果手に出来る報酬、つまり快楽がイメージしやすければ、とたんに行動変容する。そこには社会性や道徳心は皆無だが、こうした何割かがコロナを撒き散らさなければ、全体での効果は絶大だ。  日暮は、無料のスマホゲームやマンガ、昼寝、YouTubeなどを駆使して、十二日間人が変わったように外出を控えた。その変わりように、母が心配したほどだった。結果十二日間で六キロ太った。  そうして、十二日後の深夜零時、ポイント付与とあわせて、全国の感染者数の集計が発表された。
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