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プロローグ
学年後期から振り分けられる研究室配属は僕ら三年生にとっても一大トピックスだった。先週には大会議室で学年集会があり、各研修室の教授や先輩方が研究内容や就職先について話してくれていた。
それから一週間経った火曜日、授業終わりの学生がごった返す食堂。僕の向かいの席に座っている菅原が配属希望票を前に頭を抱えていた。まだ白紙のままだ。
「あー、こういうところで後悔するんだよなー」
「何が?」
僕は注文したカレーライスを食べながら聞く。学食の割にはそこそこ辛めに作られていて、僕は結構好んで食べている。
「単位的な意味で配属への切符は何とか手にしたけど、行きたいトコには行けないだろうなってさ。俺、『病理』行きたいんだよなー」
菅原の希望している植物病理学研究室は例年、研究内容がハードな割に人気は高く配属争いも熾烈を増していると聞いている。菅原の首の皮一枚繋がったような成績だと研究もかなり厳しい気がする。そもそも、この座席争いから抜け出さなければならないが。
菅原がようやく注文した大盛りのカレーライスに手を付けだした。添え物の福神漬けは嫌いらしく、僕の皿の脇に勝手に乗せる。
「ま、俺のことはとりあえずいいや。お前はどこ行くの?優秀だからお望みのトコ行けるだろ」
「花卉園芸」
自分でも驚くくらい菅原の言葉に食い気味で返事をしていた。食べ進めていた菅原の右手も思わず止まる。
「…優柔不断なお前が即決するならよっぽど行きたいんだな。この前の研究室紹介が決め手か?」
菅原の問いに、僕は少し首をすくめて口の端で笑った。
「まぁそんなところかな」
本当はもうずっと前から、僕は花卉園芸学研究室へ配属希望を出すことは決めていた。けれど、僕が志望した理由は今思い返しても本当に邪なものだった。
でも、今は何も後悔はしていない。
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