【first branch】 「なんでカキ研入ろうと思ったん?」

2/2
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
実験室隣のミーティングルームでゼミ生と三年生の顔合わせ会という名目の歓迎会が始まった。 歓迎会は3つのテーブルにそれぞれお菓子やジュース、お酒のコーナーが設けられている立食式だった。他の三年生は先輩達と仲良さそうに話しているが、僕は自らその輪の中へ割って入る勇気がなかった。 僕はわざわざ空いているテーブルでポテトチップスに手を伸ばしていると、福本さんと石野さんが僕の隣へやって来た。 「さっき挨拶だけだったし、色々お話したいなーと思って。もしかして人見知りする?」 ズバリ言い当てられた僕は少し頷く。石野さんがうーんと腕を組んでまた僕に向き直る。 「そうやなぁ。なんでカキ研に入ろうと思ったん?」 僕にとって、今それ一番されたくない質問ぶっちぎりの第一位がいきなり飛んできてしまった。出来るならこの場で耳を塞いで、頭を抱えたいレベルの。僕は何とか声を絞り出す。 「…が好きだからです」 「え?何て?」石野さんが聞き返す。 「僕、植物が好きなんですよ…!祖母の家が近所で『花屋敷』ってあだ名がつくほど樹木と花に囲まれてて…。ばあちゃん子だったんでよく家に遊びに行っては植物の名前とか育て方教えてもらったんですよ。でも、一年前祖母が亡くなって…。祖母への恩返しじゃないですけど…カキ研行きたいと思ったんですよね」 オタク特有の好きなものに対する饒舌さが露呈してしまい、ハッと気づいた時には、先輩二人が目を丸くしていた。 「そうやったんや~。うちら色々研究してるし、それ話したら他の先輩も教えてくれるから仲良くなれるんちゃうかな?」 「そうそう。良い志望理由だね。来てくれて嬉しいよ。これから頑張ろ」 僕は少し後ろめたさもありつつも、先輩達のご厚意に甘えることにした。ありがとうございます、と言った時、石野さんの首筋に男の先輩が抱き着いた。精悍な顔つきでガッチリした身体に反して、顔が赤くなっているあたりお酒は弱いのだろう。石野さんの顔が急にしかめっ面になって、ため息をついた。 「ちょっと、樹。何してんの。ここまだ大学やで」 「えー。菜摘のケチー」 石野さんは手慣れた感じで腕からすり抜けて、軽く頭をチョップした。そして男の先輩の身体を腰を持って支える。 「お酒弱いのに何で飲んでんのよ。もう下宿先まで送る。茉莉奈と白木くんごめんなぁ」 ハイハイと手を振って見送る福本さんに僕は恐る恐る問いかける。 「…今の男の人って?」 「M1の片岡樹くん。菜摘ちゃんの彼氏。お酒飲んだらすぐ寝ちゃうから飲ませないようにしてたみたいだけど、今日は歓迎会だし気分良くて飲んじゃったのかもねぇ」 "彼氏"―。その言葉も僕にとって聞きたくないものだった。石野さんには彼氏がいる。その事実をカキ研に配属された当日に知らされるのも酷な話である。 僕は、石野さんが好きだったから―。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!