【third branch】「助けてもらってばっかやね」

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圃場のハウスのドアを開けると、石野さんが褐変したウェディングマーチを手折(たお)っていた。 音に反応して石野さんが振り向く。僕は病理研から受けた報告について説明すると、石野さんは「そっか」と短く答えて、俯いた。 「うち、何も先輩らしいこと出来てないね。助けてもらってばっかやね」 「そんなことないです。カキ研に行こうと思ったのは、石野さんがいたからです」 その言葉に、石野さんは顔を上げた。 「え…植物が好きやからって…」 「いやそれは表の理由で、ホントは…。あの、一昨年の農祭の話して下さったじゃないですか」 今でも忘れない。 『これ花言葉、お姉ちゃん分かる?』 見物でカキ研のブースを覗いていた僕の横でおばちゃんが尋ねていた。売り子さんは予想外の質問に目が泳いでいる。僕はカラーを指差して答えた。 『これ、“乙女のしとやかさ”って言うんです』 おばちゃんの顔が分かりやすく明るくなった。 『良い事聞いたわ。これ10本ちょうだい』 『ねぇねぇ』と売り子さんに呼び止められた。 『さっきはありがと。うち、この花の研究してるんやけど、花言葉まで考えたことなかったから…。ホンマに助かったよ!』 ニコッとした柔らかい笑顔に僕は初めての感情に息が詰まりそうになった。今思えば、一目惚れというやつだったのだろう。 そしてちゃっかりネームプレートの名前“石野菜摘”も目に焼き付けたのだった。 「いや絶対理由が安直だし、何ならキモいと思われても仕方ないです。でも、石野さんの力になりたくて…。彼氏いるのは分かってます。でも、石野さんが好きなんです…」 石野さんはしばらく黙っていた。後輩からの突然の告白に戸惑うのも無理はない。おまけにパートナー持ちだ。100%勝てっこない負け確勝負なんだから。 「ありがとう。2年前も私の事助けてくれてたんやね。気持ちも嬉しい。でも、うちにはやっぱり彼氏おるし白木くんの気持ちには答えてあげられへん」 振られた時の模範解答を石野さんは僕に告げる。でも、それが僕の好きになった石野さんだから。 「でも、うちのワガママやけど。研究、白木くんが引き継いでくれたら嬉しい。こんなに枯らせた状態で渡すなんてダメダメな先輩やけど」 石野さんが困り顔で笑う。 「僕でいいんですか」 「うん、病気も詳しいしホンマに植物好きなのも伝わってるし、あなたに任せる」 想いは届かなかったけれど、繋げられた意志は今、手元にある。ありがとうございました、と僕は深々と頭を下げた。
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