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鉛色の雲から無数の雨が降り注ぐ中、泥だらけとなった日和はその場から動けずにいた。
日和に仕打ちをした三人の後ろ姿が無くなるのを、日和は待っているのだ。下手に動き音をたてれば戻ってきて更に酷い目に遭わされるかもしれないからだ。元に一度あったからだ。
やがて三人の姿は消え、日和は静かに立ち上がり、日和は無言で地面に散らばった泥だらけの教科書やノートを拾い、鞄の中に入れる。
悲しみも、苦しみも無いというと嘘にはなるが慣れてしまった。最初の頃は怒ったりもしていたが、相手側が逆上してしまい、無抵抗になる方が被害が少なくて済むと思い、今のように感情を押し殺すようになった。
……帰ろう。
日和は胸の中で呟き、泥だらけの状態で立ち上がり、歩こうとした矢先に頭に白い傘が突如現れた。
「傘がないと濡れちゃうよ」
聞き覚えの無い声が日和の後ろからした。日和は振り向くと、見知らぬ少女が立っていた。
少女は日和ににっこりと笑いかけた。
「お待たせ、粗茶だけど、口に合うかな……」
「うわぁ、有難う! 喉カラカラだったんだ!」
日和は座っていた少女・フォンセに緑茶を差し出した。
日和は見知らぬ少女を前にして逃げようかと思ったが、フォンセが日和の名前を知っており、加えて良い話があるから聞いて欲しいと言ったのだ。
怪しいし、断ろうかとも考えたが、見ず知らずの自分に傘を差し出してくれたのと、フォンセの真剣な目付きを無視できず連れていくこととなった。
今の時間帯は両親は働きに出て家にいないので、どちらかが帰宅するまで、人を自室に招くのは問題ない。
ちなみに泥だらけだった日和の容姿もシャワーを浴びて服も着替えて清潔になった。
フォンセは緑茶を一気に飲み干す。
「うん! 美味しい!」
フォンセは目を輝かせ、感激した様子だった。
「口に合ったなら良かったわ」
「ヒヨリはお茶入れの名人だよ! もう一杯飲みたいな!」
「また後で淹れるわ……それより話があるんでしょ?」
日和はフォンセに言った。
「そうだったね、でもまず先に謝っておくね」
フォンセはいきなり日和に頭を下げる。
「すぐに助けてあげられなくてごめんなさい、本当ならもっと早くヒヨリの元に行きたかったんだけど、ヒヨリの感情値が一定数に達していないと行けない決まりが神様の取り決めにあったからなんだ」
さっきの明るい様子とは違い、フォンセは申し訳なさそうに言った。フォンセは神様らしい。
半信半疑だが、日和はフォンセの話に合わせた。
「つまり、フォンセが現れたのは私の感情値が溜まったからってこと?」
日和の問い掛けに、フォンセは顔を上げる。
「そうなの、やっとヒヨリを救えるチャンスが巡ってきたよ!」
フォンセは両手を握りしめて朗らかに答える。
「……何で私なの?」
日和は思ったことを口にした。
世の中には沢山の人間がいる。その中で自分が選ばれるのか疑問である。
「実はワタシはヒヨリに助けられた鳥なの」
「鳥?」
「覚えてないかな、ヒヨリが小さかった頃、怪我をした鳥を手当てしたよね」
フォンセに言われ、日和は頭に手を当てて記憶を辿る。
すると一つの記憶が蘇ってきた。日和が六才の時、家の近くで倒れていた鳥がいて、日和は親を説得し、懸命に面倒を見た。その甲斐もあって鳥は元気になり、自然に帰ったのだった。
「ああ、あの時の」
「思い出した?」
フォンセの言葉に日和は「うん」と短く言った。
「あの後、寿命で死んでしまったけど、神様の計らいで、ヒヨリに恩返しができるようにって、神様に転生させてくれたんだ」
「へえ……」
フォンセは立ち上がり、日和の右手を両手で掴む。
「だからヒヨリのことはワタシが助けるよ」
いきなりのことに、日和は困惑の顔になった。
雨の中で少女と会い、フォンセと名乗るその少女は自分を助けてくれる……
一度に色んなことが起きて頭の中が混乱した。
フォンセは掴んでいた手をそっと離した。
「……ワタシのことをいきなり信じろなんて難しいよね」
フォンセの発言に日和はどきりとした。
「論よりショーコって言うしね、じゃあ今からワタシの力の一部を使うね」
フォンセは右手を掲げ、人差し指を日和の額に向ける。
フォンセの人差し指が赤色に輝いたと理解した瞬間だった。脳内に映像が流れ込む。
日和は複数の女子に囲まれ、談笑して楽しそうな様子だった。場面は変わり一緒に弁当を食べたり、下校も同様だった。
温かさと、優しさが日和の心を包んだ。こんな感覚を中学に入学してからは味わうことは出来ずにいる。
「ヒヨリにとって望んだ世界をワタシが再現したんだけど合ってるかな」
フォンセが語りかけてきた。同時に映像はゆっくりと失せて、元の自室に戻ってきた。
「合ってるよ」
「ワタシの力、信じてくれた?」
「……少しはね」
日和は静かに言った。
「それなら安心したよ、ヒヨリは今見せた映像の世界を望む?」
フォンセは訊ねてきた。
言うまでも無かった。映像のような幸せな世界を現実にできれば良いと思った。
「望むよ」
「じゃあ、どうしたいかな」
フォンセの言葉に、日和は考えた。いや考えなくても答えは出ている。
「私をいじめる三人を何とかしたい」
「そう来なくっちゃね!」
フォンセはどこか嬉しそうな様子だった。
そして右手の人差し指を赤く光らせた。すると三つの光が日和の前に現れた。
三つの光は日和が一番見たくない三人の顔写真となった。
日和は見た瞬間、立ちくらみがした。日和の様子にフォンセは表情を暗くする。
「あ……ごめん……嫌だったよね」
「平気よ」
日和は首を横に振る。
「そいつらの事を知ってるのも神様の力?」
日和の言葉には不快感が混ざっていた。三人の顔を家の中で見たため、怒りが胸に沸いている。
「違うよ、ヒヨリの心の中にあった顔を具現化したんだ。本当にごめんね」
フォンセは心苦しげに謝った。
「……まあ良いわ」
日和は目を閉じて、何度も深呼吸をした。
目の前には三人の写真があるが、さっきよりは落ち着いた。
「この三人をどうする? ヒヨリの好きにして良いよ、ヒヨリが望むなら三人とも殺すこともできるよ」
フォンセは日和の横に来て物騒なことを口にした。
「フォンセが手を下すの?」
「できるけど、ヒヨリが直接三人に仕返ししたいならそれでも構わないよ」
「もしこの三人に何かあっても事件になったりしない?」
「ワタシは神様だからあらゆる証拠も消去できるし、人々の記憶の改ざんも可能だよ!
勿論、三人の記憶をいじるのもありだからね!」
フォンセの自信あり気な態度に、日和の不安は和らぐ。
フォンセの話からして完全犯罪も可能のようだ。
「一応言っておくけど、三人の記憶をいじってヒヨリへの仕打ちを止めることや、ヒヨリの辛い記憶を消すことも可能だけど……」
フォンセは日和の気持ちを考えてか、遠慮がちな言い方をした。
フォンセは神様でも偉そうな態度をとらず、腰が低いなと日和は感じた。
「そう……」
日和は顎に手を当てて思考を巡らせる。
フォンセが三人の記憶を操作していじめを止めること、そしで自身の記憶を消すことができればそれが一番良いのかもしれない。
しかし、日和が今まで受けてきたいじめの数々を思い返すと何もしないというのは納得がいかなかった。
特に大好きだった祖父から貰ったお守りを目の前で壊された時のことは忘れられない。
「私はこの手で仕返しをさせてもらうわ……ただし」
日和は浮いている真ん中の写真の女子に指を差した。
「黒石里桜やるならこいつだけにする」
フォンセは真ん中の写真をまじまじと見つめる。
「クロイシ……この目付きが悪い子だね、他の二人はやらないの?」
「こいつさえいなければ、凪とゆかりも私の友人だったから」
「どういうこと? 話して欲しいな、三人のことは詳しく知らないの」
フォンセは興味があるようだ。フォンセにも日和の仕返しに付き合わせるのだから話しても良いだろう。
「黒石は私が小六の頃に転校してきたの、黒石にとって私は嫌いなヤツに顔つきが似ているからって、最初は黒石だけがからかうだけで済んでたの、私は無視したし、凪とゆかりも気にするなって言ってくれてた」
「ナギサとユカリって言うのは……」
フォンセは三人の写真を出しただけで、名前は分からないらしい。
神様だからといはいえ、万能ではないようだ。
「こっちが凪」
日和は左の写真に指を差した。次に日和は右の写真に指を差してゆかりの名を告げる。
「分かった。真ん中がクロイシで、左がナギサに右がユカリね」
「合ってるわ」
日和は言った。フォンセが里桜を下の名前で呼ばないのは日和に合わせたのだろう。
「話を戻すわね、黒石はどういう訳か、凪とゆかりを引き込んで、私をいじめるようになったの、最初は黒石に脅されたと思ったの、でも凪とゆかりは黒石の取り巻きになってしまったの、そして今に至るわ」
日和は話している間表情を歪ませる。この話をしたのはフォンセが初めてだからだ。
両親にも話していない。
「ナギサとユカリは元々ヒヨリの友達だったってこと」
「そうよ」
「だから仕返しはしないの?」
「黒石が来るまでは、遊んでくれたし、私の誕生日も祝ってくれたからね」
日和は苦々しげに語った。凪とゆかりは小学一年生からの付き合いで、友達と呼べるのはこの二人だけだった。
二人がいじめっ子になったのは腹が立つが、昔の楽しかった思い出があるのも事実である。
「ヒヨリがそう決めたなら、ワタシはヒヨリの願いを叶える手伝いをするよ」
フォンセは右手の人差し指を宙に伸ばして、一回転する。
次の瞬間、自室から狭い部屋に風景が変わる。いきなりのことに、日和は驚きを隠せなかった。
「びっくりさせたかな? ごめんね」
「……いや、平気よ」
日和は自分の顔を覗き込むフォンセに言った。
「ここは、何の部屋なの?」
「拷問部屋だよ」
「ご……拷問」
フォンセの話に日和は言葉を詰まらせる。
フォンセは「ちょっと失礼」と日和に言い、素早く動く。
隅にある箱をいじり、幾つか物を持ち出してきた。
銃、ナイフ、ドクロが描かれた瓶など、いかにも危険なものだ。
「これを使ってクロイシを殺しても良いし、痛め付けるのもありだよ」
フォンセは愉快そうに言った。
黒石に仕返ししたいとは日和は口にした。日和が黒石に何かしてもフォンセが上手く揉み消すだろう。
しかし……
「あ……あのさ、黒石本人を直接ここに連れて来てやらないと駄目なの?」
「どうしてそんな事を聞くのかな」
「言いにくいことなんだけど、私、人の悲鳴や血が苦手なんだ」
日和は沈んだ顔になる。
日和は親戚の家に遊びに行った時、従兄がゾンビゲームをプレイしているのを横から眺めていた。人が悲鳴をあげながらゾンビに食い殺されるシーンや、血しぶきが出る場面を見て具合が悪くなってしまい、それ以来悲鳴と血が苦手となってしまったのだ。
黒石に銃や剣を使えば、日和が苦手な二つは避けられない。いくら仕返しがしたくても、苦手な二つがあるのは困る。
「……ワタシがヒヨリの立場なら、クロイシを痛め付けるか殺すなりするけどな」
フォンセの言い分は一理はある。自分でも黒石に対する殺意と憎悪は否定できない。
が、苦手意識を無視することもできなかった。
「確かにそうかもしれないけど、こればかりは難しいかな」
日和は複雑な表情になった。
「じゃあどうするの、やっぱ記憶を消す方法に切り替えようか?」
フォンセは困った顔になる。
日和の願いを叶えたくて行動したのに、当の日和本人がためらっているのだから無理もない。
「こうしようか、黒石そっくりの人形を出せる?」
「出せるけど……」
「じゃあお願いしたいな」
「分かったよ」
フォンセは右手を宙に伸ばし、一回転させた。すると日和の前に黒石の人形が現れた。
人形とはいえ、今にも動きそうなほどリアルである。
「人形を何に使うの」
フォンセが不思議そうな顔をする。
「フォンセが見せてくれた銃やナイフで撃ったり切ったりするの」
日和が言うと、フォンセは日和が何をしたいのか理解したようだ。
「人形に受けたダメージがクロイシ本人にいくようにすれば良いんだね」
「そうよ、フォンセ、ナイフをかして」
日和はフォンセに右手を伸ばした。フォンセは「はい、これ」と言って日和にナイフを渡した。
「思い切りやるといいよ、ヒヨリの恨みが晴れるくらいに」
「そうさせてもらうわ」
日和は黒石人形の体に馬乗りになり、まずは右肩を思い切りナイフで突き刺す。黒石本人は突然の激痛と血に叫んでいることを日和は想像した。
長年の恨みをぶつける形で日和は左肩、両手の掌、両膝といった具合に刺した。
刺すだけでは気が済まないため、日和は黒石人形の首を右手で思いっきり締め付けたまま、黒石人形を立たせ、何度も腹にパンチを食らわせた。
腹にパンチは実際黒石から受けた仕打ちで、一回だけだが、日和は倍返しをかねている。
「あんたのせいで私の人生滅茶苦茶になったんだからな!」
日和は怒りに満ちた形相で口走る。黒石が転校して来なければ、今頃は凪とゆかりとも友達の関係だったに違いない。
腹へのパンチを止め、日和は左手に力を込め、思い切り黒石人形の頬を叩いた。そして黒石人形を乱暴に地面へ投げ出した。
日和は何度も呼吸をして、自分を落ち着かせた。
「もう良いの?」
フォンセが後ろから声をかけてきた。
「うん、もう十分よ、すっきりしたわ」
日和はフォンセの方を向き、口元をつり上げる。
「クロイシは今頃瀕死の重症だね、まあ人をいじめていたんだから報いは受けないとね」
フォンセは黒石人形を眺めて囁く。
日和が刺したり殴ったりしたため、黒石人形はボロボロである。
「フォンセ、凪とゆかりの記憶を操作して私の友達として接するようにして、そして世の中から黒石自身や黒石の記憶を消去して欲しい」
「随分大がかりだね」
「欲張りかな?」
「そんな事無いよ、ヒヨリには幸せになってもらいたいしね、全部叶えるよ!」
フォンセの声には自信が感じられた。
フォンセは例のごとく、宙に円を描く。赤い光の円が現れた。
「ヒヨリの未来に多くの幸あれ!」
フォンセは両手足を広げて活発な声を発した。
その途端に真っ白な光が拷問部屋に満ち、日和は思わず目を瞑る。
日和は薄っすらと目を開くと、自室に戻っていた。
「……あれ、フォンセ?」
日和はさっきまで側にいた神の名を呼ぶ。
フォンセの姿がないからだ。
『力を使いすぎて、人間の世界にいられなくなったから、神様の世界に強制送還されたんだ』
フォンセの声が日和の頭に突如響く。
非現実的な出来事が目まぐるしく起きたため、自分でも不思議なくらいに驚きが薄かった。
「そう……」
『クロイシはいないし、ナギサとユカリの記憶も操作しておいたから明日から安心して学校に行けるよ』
「分かったわ」
『またねヒヨリ、ヒヨリの感情値が溜まったら会いにくるからね』
フォンセの声はそこで途切れた。
「……ふう」
日和はため息をつく。
フォンセに別れの言葉を告げたがったが、そうする前にフォンセの気配が消えた。
「安心するのは実際確かめてからね」
日和は呟く。
フォンセが只者ではないのは分かったが、それでも自分の目で見てから安心したかった。
日和はベッドの上に倒れ込んだ。疲れからかそのまま眠りに落ちてしまった。
フォンセの力が本当だということを知ったのは次の日に日和が下駄箱で上履きに履き替えている時に起きた。
「おはよう」
日和は驚いて後ろを向くと、凪とゆかりが立っていた。
声をかけたのは凪である。
「お……おはよう」
日和は緊張しながらも挨拶をした。
二人だけでも日和に何らかの仕打ちをすることもあるからだ。
「ひーちゃん、今日のお昼三人で食べない?」
ゆかりが柔らかな笑みを浮かべて言った。ひーちゃんとは二人が日和を呼ぶ時のニックネームである。
そう呼ばれたのは実に二年ぶりだ。今までは日和のことを藤原と苗字で呼んでいたからだ。
が、日和は安心することができず、聞くことにした。
「構わないけど……黒石さんはどうしたのかな」
日和は絞り出すように言った。すると二人は不思議そうな顔をした。
「黒石さんって誰、そんな人クラスにいたっけ……ゆかっちは知ってる?」
「いや、知らないよ」
凪に話をふられたゆかりはきっぱり言った。
ゆかっちとはゆかりのニックネームである。
日和も仲が良かった頃はゆかりのことをそう呼んでいた。
二人の様子からして黒石のことは記憶から消えているようだった。
「いや、知らないなら良いんだ」
日和は言った。
「もう、面白いなひーちゃん」
凪は日和の肩を軽く叩く。
その瞬間、日和の心は激しく痛み、表情が歪む。
凪はスキンシップのつもりだが、日和の脳裏に凪に突き飛ばされて、服を泥だらけにされた上に、ゆかりに頭を踏みつけられた。
日和の顔を見て、やり過ぎたと思ったのかばつが悪そうな顔になる。
「あ……ごめんね、痛かった?」
凪は謝ってきた。
いくら黒石に命じられていたとはいえ、二人が日和を裏切って傷つけたことには変わりない。
二人と再び親交を結ぶのは自分が望んだことでも抵抗がある。
『……二人と仲良くできそう?』
日和の脳内に突如フォンセの声が響き渡る。
『フォンセ……』
『ヒヨリのこと心配だったから、偉い人に許可を貰ったの、それよりどうする?』
フォンセは訊ねる。
昨日は昔のなごりで黒石のみに仕返しをした。そして二人の記憶を消して、昔のようにこの二人と仲良くできるかと日和は思った。
が、自らの考えが甘かったことを二人と接して理解する。
心の痛みは簡単に割りきれるものではなく、日和の中では黒石同様に二人もいじめっ子だと。
どれだけ過去に仲良くしていたとしても、それは昔のことだと。
『……黒石同様に、二人とも消して』
『本当に良いの?』
『気が変わったわ、だからお願い』
『分かったよ、ヒヨリが望むならね』
フォンセが言うと、日和の目の前が目映い光に包まれる。
とっさに日和は目を瞑った。少しして光がおさまり、目を開けると凪とゆかりは姿を消していた。
『はい、これで大丈夫、ナギサとユカリもこの世から消したから、三人のことを覚えてるのはヒヨリだけだよ』
フォンセの言葉に、ほんの少し日和の胸が痛んだ。
人としての罪悪感からである。
『……悪いわね、願いを変えたりして』
『良いよ、ヒヨリが苦痛を感じるのは仕方ないよね、三人に仕返しするのが元からの願いだったから問題ないよ、傷つける人と仲良くするなんて無理があったんだよ』
フォンセは日和を責めることはしなかった。フォンセの言葉は今の日和にしっくり来る。
『変なことを聞くけど、二人はどうなるの?』
『クロイシも含めて、この三人は地獄に落ちるよ、ヒヨリをいじめてからね、三人のことはワタシが責任持つから大丈夫』
フォンセは安心させるように語りかける。
『そう……』
『ヒヨリが気にすることはないよ、三人は一種の病気みたいなものにかかっていたんだし』
『そんな風に言ってくれると助かるわ』
日和は言った。
聞いた話だと黒石の家庭は両親の仲が悪くてギスギスしており、黒石自身もストレスが溜まっていたという。
ストレスのはけ口にされていた日和はたまったものではないが……
『ヒヨリとはこれで本当にお別れだよ』
『うん、色々有難うね』
日和は心を込めて言った。
『ヒヨリの幸せを願ってるよ、じゃあね』
その言葉を最後にフォンセの気配が完全に消えた。
日和は気持ちを切り替え、下駄箱から教室へ向かった。今の時間帯は本来なら黒石も登校しているが、黒石はいない。
日和は自分の席に向かった。すると一人の少女が日和に近づいてきた。名前は長谷川だ。
性格は大人しく、あまり目立たない。クラスにいても会話をしたことがなかった。
これもフォンセの力があってのことだろうが、一体何の用なのか気になった。
「おはよう、藤原さん」
「あ……おはよう」
日和は戸惑いつつも長谷川に挨拶を返した。
「ねえ、今日良かったらお昼一緒に食べない?」
長谷川は言った。長谷川は仲が良い二人の友人がいる。
「何で急に?」
「だって、藤原さんお昼いつも一人だし、寂しそうだったから……」
この世界の自分は一人で食事をしていることになってるのか……日和は思った。
自分を苦しめていた三人はもういない。長谷川は自分と性格が似ているので時間はかかるが仲良くなれるかもしれない。
日和はフォンセの計らいに感謝した。
「良いよ、一緒に食べよう」
日和は長谷川に快い返事をした。
日和は神によって改変された世界で、幸せを掴もう、そう決めた。
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