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 分業が始まった。 これまでに百数十体が造られている古い型の水深儀からは潮位(ちょうい)を計測する装置が外され、従来以上に内部の空間が広く取られるとともに、海中を力強く泳ぐための丸いヒレが備え付けられる。  自在に口を開閉できるようにもなった。 旧式水深儀が元々の大きさを活用して新たに取り掛かる仕事は、バネが伸びきる寸前の、動力の尽きかけた小型水深儀の回収である。  バネに力を入れ直すために、一つひとつの水深儀を人が海に潜って集める手間を省くためだ。  弟子たちの手で次々と生産される新設計の小さな水深儀は千体近くにまで数が増え始めていて、機能の維持に掛かる手間も膨大(ぼうだい)なものになりつつあったので、この新しい思い付きは大成功だった。  回収が可能なのであれば、さらに工夫することで、動力を充填(じゅうてん)し終えた水深儀を海まで運んで行って再設置する仕事も、自律機械に任せてしまえるのではあるまいか ——— という意見も出た。 「 良く気付いた、その通りだ 」  エミルエマルカスは弟子を()めると同時に手元の設計用粘土板を(なら)していく。 今や工房となった旅宿の作業所ですぐさま繋留(けいりゅう)用の(いかり)が改良され、鎖の所々に小型水深儀を取り付るための枠が(あつら)えられた。 そして幾度かの試行錯誤の末に、回収も設置も、全ては大型水深儀の口の中で、波の影響なく確実に行われるようになった。  こうなると人間の為すべき事は、今までに比べるとずっと少なくなる。  幾つもの小さな仲間を呑み込んだ大型の水深儀が、港に面した入江まで自分で泳いで帰り着くのを人はただのんびりと待ち、巻き上げ台座まで運んでいってバネに力を入れ直すだけで良い。  バネの力が充填される順番を待つ間の小さな水深儀は、時折り気まぐれに作業台の上をころころ移動して見る者の笑いを誘う子ネズミのようで、もはや海を素早く泳ぐ必要もなかった。  開いた口に向かって海中のわずかな距離を前進する程度の機能だけを残し、それ以外の移動能力を大幅に(はぶ)いた小型の水深儀には、潮位測定力を強化してもなお、内部にかなりの余裕ができた。 その空間を活かすための新しい試みとして、動力が尽きかけた時には近くを遊泳する大型の仲間を呼んで自分の回収を(うなが)す能力が加わる。  動力が一定の水準を下回ると、特定の歯車が駆動する際に通常とは異なる音を立てるように再調整されたのだ。 それに応じて大型の水深儀には、水中を伝わるその音を遠くから聞き分け反応する仕組みが追加された。 「 つまり、声と耳だな。 単純な呼び掛けと応答に過ぎないが、水深儀たち同士での会話が始まったのだ 」  仕上げを終えたエミルエマルカスは一新された水深儀たちの働きぶりをざっと見届けて満足そうに総括(そうかつ)すると、(こと)ここに至ってようやく、自身がクライジャート島を訪れた本来の目的を達するべく、島の山間部に分け入って希少金属の採掘に取りかかった。
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