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「 不評です 」 「 だろうな 」 「 二度と身に付けたくないと言う人までいます 」 「 実は私もだ 」  師と弟子の全員が、工房の作業卓を囲んで無念の表情を突き合わせている。 十日近くに及んだ激務の日々を費やして製作したものの、半日も経たずに返品されてきた安全装置が卓上の編み(かご)の中で小山になっていた。 「 なぜ島の皆が皆、噛みつかれ防止装置の携帯を嫌がるんだ ! 納得できないよ ! 」  世の無理解を嘆く若き発明家、といった体で弟子の一人が立ち上がり天を仰ぐと、その動きに連れて弟子の首からぶら下がる安全装置と両手首に装着してある安全装置が激しく揺れ、ほぼ同時に、両隣りに座る同僚の弟子二人の側頭部を左右の肘に取り付けられた安全装置が危なっかしく通りかすめた。 今はただ立ち上がっただけなので、腹部と両膝ならびに両足首でじゃらじゃらしている各々の安全装置が余人に迷惑をかけていないのが幸いである。  最も我慢強いその弟子を除けば、新開発された装置は誰からも万遍(まんべん)なく拒絶される結果となった。 「 邪魔で(かさ)()りすぎるのが返品の理由です。 付けるとまともに生活できないから要らない、という意見がほとんどでした 」  使用者の感想を書きとめた粘土板を読みながら、別の弟子が問題を報告していく。  安全装置の欠点は、命令停止の特殊な低音がごく限られた距離にしか届かないところにあった。 ひとつの音源だけでは、複雑な姿勢を取りうる人体全てを保護しきれないのである。 特に事故が予測されやすい手足の先端部は、どうしても個別に独立した装置によって安全を徹底する必要があった。  しかしその代わりに、だいぶ動きにくくなる ——— だけでなく、装着者の側に他の誰かがいる時には、大なり小なりの迷惑が掛かってしまう。   「 無理もない。 計画は練り直しだ 」 「 あ、ですが、医術師や赤ん坊のいる何組かの夫婦が幾つか分けて欲しいと言ってきていますよ。 子供にはオモチャとして気に入ってもらえたようです 」  安全装置の外観は、水深儀とほとんど変わらない。  小型の水深儀に使う陶製外殻をそのまま流用しているので、識別のために一部を目立ちやすく着色している点と、内部構造やバネの出力が異なるだけである。 歯車の音は人間には聞き取れないため、正常稼働していることを外部から確認できるように、小さなヒレが少しだけ動く仕掛けが付いていた。  平らな面に置くとゆっくりと歩いているようにも見えるのが、子供の目には面白いのかもしれない。 「 渡してやりなさい 」  エミルエマルカスは疲れた笑顔で応えた。「 造った目的とは違う理由で人の役に立つ発明もあるものだ 」  職人は気分を切り替えるように、そんな申し訳程度の少数例を報告する弟子の方へ籠を押しやった。 ぐずる子をあやせるなら、救いがたい失敗作という事にもなるまい …… 。 「 はい、では捨てる前に少し取り分けておきます。 風邪をひいた赤ん坊の熱を測る時や子供が薬を嫌がったりした時、安全儀を見せておくと注意がそちらに移って機嫌が良くなるらしくて …… 」  弟子は籠を受け取り、自分の方へと引き寄せようとする。が、籠はびくともしなかった。 なぜかエミルエマルカスの手が、籠を固く握りしめたままだ。 「 ど …… どうかなさいましたか、師よ。‥‥‥ 師よ?」    ◇ 「 熱だ 」  目に光が戻っていた。 「 自律機械と人間は温度が違う 」  作業場の壁面を埋める薬品棚のどこかに鎮座しているはずの水銀壺を視線の先に求めながら、エミルエマルカスは己れの発した言葉の断片を補足していく。 「 魚や舟とも、砂とも岩とも違い、我々の身体は水中に在ってもなお温かい。 この温度の差、それがすなわち人間を示す指標となり得る ‥‥‥ 人が自分の存在を知らせる仕掛けを身に付けるのではなく、温かい物体に対してのみ噛みつくことのないように機械の方を調整しなおせば良いのだ。それだけで安全は実現できるぞ 」
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