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 翌日、エミルエマルカスは書き上げた設計図を工房の中央に配して、実際の工程は弟子の動くままに任せた。粘土板の表面を走る設計線の複雑さと曲面の目的を計りかねた弟子たちが失敗を繰り返しても、前言した通り手助けをしない。これは各人に職工としての自覚を(うなが)すためと、自分はつまるところ鉱物を求めてこの地を訪れた旅人なのであり、永遠に島に留まるわけではないという事を悟らせる意味もあった。彼はやがて来る別れの時に備え、この機会に弟子の一人ひとりを出来るだけ成長させておきたかったのである。  幸いにと言うべきか、経験を積むために必要な実地の仕事が途絶える日はなかった。 例の漁師は相変わらず水深儀に何かしらの傷をつけ、何処(どこ)かしらを壊し続けている。  しかし、失敗と小さな成功を繰り返す中で外殻の強度は段々と上がっていった。 師匠のエミルエマルカスに比べればまだまだ仕事の手際はぎこちないが、動力バネの再充填(じゅうてん)に帰って来る強化型の水深儀は確実に今までとは数段(うえ)堅牢(けんろう)さを見せていて、深刻な故障は減りつつある。  工房の弟子たちには、働き方に以前とは違う気構えの厚みが加わった。 「 お前たちは皆、一人前になろうとしているよ 」  師は工房中央の粘土板を書棚の片隅に置き直すと、それを自信と云うのだ、と短くも満足げに(たた)えた。
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