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 その後に医術師が工房へとやって来たのは、少し離れて建つそれぞれの場所を考えると意外なほど早かった。 実は弟子の一人が手当てを呼ぶため中庭の外門を飛び出した時、すでに当の医術師はエミルエマルカスの工房を目指していたのである。 「 埠頭で()()騒ぎあってのう。 サメが出たんじゃ 」  作業場の戸口をくぐった医術師は、漁師と似た顔立ちの少年を伴っていた。 「 この子の話では親子どちらにも大きな怪我はないそうだが …… 父親が水深儀造りの工房にすっ飛んで走って行ったと言うんでな。 念のために()に来たよ 」  工房の誰かがケンカの怪我人にならぬとも限らんしな、と医術師は(たわむ)れて笑った。 「 とんでもねえ事だ 」  その時には心気を取り戻していた漁師が横たわったまま弱々しくその冗談を(さえぎ)り、心配そうに「 父さん 」と呼びかける少年を片手で抱き寄せた。 「 誰が命の恩人とケンカなんぞするものか。 息子と俺が今も生きていられるのは …… 全部アテナイ人のおかげなんだ 」  少し枕を傾けて伺い見る視線の先では、修繕台の脇に立つ難しい顔のエミルエマルカスを中心に数人の弟子が緩い輪を作っている。  外殻を外し分解された水深儀の奥を細い鉄串を使って調べていた職人の指が、やがて鋭い形状の何かをつまみ取った。 「 これが駆動部の内側に刺さっていた 」  エミルエマルカスはノコギリのような外縁を持つ白っぽい三角形を肩口辺りまで掲げてみせる。 「 サメの歯かね ? 」  それを見て少し怯えかかる息子の背中を軽く叩きながら、漁師はうなずいた。 「 ホオジロザメだ。 えらく大きな奴だった。 俺たちはサメに襲われかけて …… 」  漁師は続けて息子に小声で何かを頼み、その手を借りて身体を起こした。 「 全部を話す。 アテナイ人やここの連中には気に入らん所もあるかと思うが、話しておかなきゃならん 」
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