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【 12 】
ほんの数刻前、まだ夜も明けたばかりの、静かな沖合いでの事である。 魚の朝獲りをするため、漁師親子は網打ちの穴場へと一艘の舟を進めていた。 魚を寄せる潮目はまだ島に集まり始めておらず、網は太陽が上がりきってから解いても十分に間に合う。そんな時だった。
「俺は、水深儀が舟の右手に一つ浮かんでるのを見つけちまった。 それで …… 正直に言うが …… 悪い心が起きて、いつもやってきた馬鹿げた嫌がらせを仕掛ける気になっちまったんだ。 俺は舟舵をそっちに向け直して、わざと舳先を水深儀に当ててやった。 それを …… それを何度も繰り返した。 息子は帆柱の横で、そんな事は止せと言い続けていた。 でも俺は、それを聞かなかった 」
水深儀に対する理不尽な行為を知って怒りの面持ちを隠そうともしない弟子たちを前に、漁師は告白を進めていく …… 。
◇
◇
◇
「 父さん、やめなったら! 」
舳先をぶつけるのに飽き、ついには櫂を手に取って自ら水深儀を叩き始めた父親に業を煮やした少年は仕方なく直接、波間に浮かぶ自律機械と父との間に我が身を差し入れた。自分自身の小さな体を盾にすると同時に、「 お前は舟から離れて遠くにお行き 」と腕で水深儀を舟から押しやろうとする。
「 別にいいじゃねえか。 潮変わりを待つまでの退屈しのぎだ 」
「 駄目だよ、この機械は僕らの島を暮らしやすくするために一生懸命働いているのに …… 」
子供に正論を説かれて、漁師は我知らず意地になった。
「 だったら、黙って俺に叩かれるのも仕事のうちだ。 俺はこいつらの一匹に腕を噛まれたんだぞ、だからこうして危ねえ機械を退治してるんだ 」
少年はそんな暴論に取り合わなかった。 なぜなら、急に手応えを失くした波の下を覗き込むのに気を取られたからだ。 見れば、ヒレの動きを止めた水深儀がゆっくりと海底に沈んで行くところだった。
「 あーっ、壊れちゃったじゃないか!」
「 ふん、あんなガラクタは後で暇になってから網に絡めてやればいいさ。 別に溺れ死ぬわけじゃなし、魚と一緒に引き揚げればいいだけだ 」
◇
「 …… それであんた、そのまま放ったらかしにした訳か 」
弟子の一人が詰問口調で確認する。
「 そ、そうだ 」
「 …… 」
きっと体温検知機能が働いたのだろう、とエミルエマルカスは推測した。 外殻表面に触れてきた少年の腕か掌の温度を水銀球が計測し、その結果として安全のために機能を一時的に停止したに違いない。 泳ぐのを止めて沈んで行く様子が、予備知識なしでは故障したように見えても不思議ではなかった。
「 それから俺たちは …… 」
漁師の辛そうな言葉は続いてゆく。
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