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【 14 】
「 ‥‥‥ 」
話がここまで来ると、漁師に向けた弟子たちの怒りもさすがに少し和らいでいた。 同じ島に生まれ育ったもの同士、人を襲うサメの危険さと容赦の無さは昔から全員が共有している。
「 最近は少し島のそばを通る海流が変わって来たような気がする。 掛かる魚が変わったし、たまに大物も獲れる。 それは有り難い事なんだが、ついでにそういう魚を追いかけて島の周りをうろつくサメも少しでかいのが増えた。 朝に俺たちが出くわしたのも、そんな一匹だった 」
漁師は差し出された葡萄酒を断って水の杯をあおった。
◇
そのサメは、クライジャード島の近辺では滅多に見ない程の大きさだった。
おそらく魚群の跡を追うまま、同じ潮に遠くから運ばれて来たのだろう。 まだサメはゆったりと進んでいた。
「 舟に上がれ!! 」
これが届かぬ声だと知りながらも、海中を泳ぐ息子にそう叫ばずにはいられない。
そのサメと舟までは、陸上の測り方で言えば直線で四半町程はあった。 人と人が向かい合って立った時、眼の良い者でも相手の顔を見分けられるかどうか、という長い距離だ。 泳ぎ手がすぐに舟へと引き返すなら決して危険ではないが ‥‥‥ 今、少年は海中で不恰好に膨らむ網を一心に目指し、下へ下へと泳いでいる。
サメに気付いていないのは明らかだ。
漁師はもはや何も考えず、我が子を連れ帰るため海にその身を躍らせた。
長年の間に学んできた息保ちの動き方すら忘れ、ただ力の限り急ぐしかない。
先を進む息子に漁師自身でも驚くばかりな泳ぎぶりで追い着いた後は、海神よ護り給え、と念じて抱き締める。 ただならぬ父の様子を見て、少年はようやく彼方に見える危険を悟った。
恐怖の中にあっても少年の身がすくまなかったのは、漁を見習ううちに父譲りの不敵さが育ち始めていたせいかもしれない ─── 一気に力を使い過ぎた動きの反動から血を鎮めようと苦しむ父を支え、大急ぎで脚を掻いて海面を目指そうとする。
が、二人が舟へ戻ろうとする急激な上下の動作はすでにサメの注意を引きつつあった。 魚よりも大きく、そして動きの遅い人間は、その貪欲な肉食魚にとって絶好の獲物である。 舟上で何匹かの魚を捌いて、血の匂いを拡げていたのも刺激になったのだろう。
無慈悲かつ強力な筋肉が瞬時に ぐん、としなり、直前までとは比べものにならない速度でサメは漁師親子へと巨体を躍らせた。
海神よ、海神よ救い給え、漁師は祈る事しかできない。 サメはぐんぐん差を縮めて、水中を飛ぶような滑らかさですぐそこにまで迫っている。
舟にたどり着くよりも、襲い来る顎の方が早いのはもう間違いなかった。
ホオジロザメだ。 あの色、あの歯口、死をもたらすあの姿。 今や全てがはっきりと見えていた。
獲物に当たりをつけようと一度素通りしたサメの体躯が側を通り過ぎる瞬間、凄まじい水の圧で親子は弄ばれるように浮き沈みして泳ぐ先を見失ってしまう。 人間の背丈を優に二、三倍したくらいもある大きさだった。 尾鰭がかすった拍子に、網の引き綱が海底へとあっけなくちぎれ落ちていくのが見える。
どうしようもない。 引き返してくる相手を睨みつけ、せめて息子ではなく俺を喰え、と漁師が死を覚悟したその時 ─── 。
丸みのある影が、二人とサメの間にすっと浮かび入った。
水深儀だ。
先刻、海底に沈み去ったあの水深儀が今再び水の中の親子に泳ぎ寄って、一度じっと漁師を見つめてからくるりと向きを変え ‥‥‥ そして、まっすぐサメに向かって泳ぎ出した。
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