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 その事件から、数週間が経った。  様々な部品が修繕、交換されて文字通り生まれ変わったサメ退治の水深儀が万全の状態で再び働き出すと、波間に浮かぶその姿は島の人々からだけでなく、港に立ち寄った交易商人や船乗り達からも大いに評判を集める事となった。  現在の工房はエミルエマルカスの元で経験を積み成長した弟子たちと、島と海を忙しく往復する多くの自律機械たちが(かも)し出す明るい活気に満ちている。 次に同じような災難が降り掛かった時に備えて、水深儀の開口部を内側から強化する試みも始まった。 どれほど有用になるかはまだ分からないが、牙状に磨き上げた黒曜(こくよう)(せき)の補強材を取り付ける新作業が新しく工程に加わったところである。  こうして、大小合わせれば今や千を越える数にまで達した水深儀への信頼と働き甲斐が、繁雑さの中にも確として定まりつつあった。  その一方で、エミルエマルカスの鉱物採集も目標量に近づこうとしている。 彼の予想通り、島には良質な鉱脈が眠っていたのだ。 職人が肩に負って山の鉱窟から工房へと持ち帰る革袋の中には、弟子たちの知識を越えた輝きを放つ鉱石が収まっている事が多くなった。 「 ああ先生! おかえりなさい 」  午後遅くに島の内陸側に面する工房の裏庭を通る時、大抵はそこに漁師の姿があった。 あれ以来、漁師は自ら進んで水深儀の駆動力を再充填するバネ巻き係の任を買って出ている。 一日分の魚を獲り終えた後にもっぱら酒場で過ごしていた時間を、これからは工房の手伝いに充てたい ─── と漁師は決意を込めた表情で言い張った。 「 力仕事なら任せてくれ 」  その言葉通りに漁師は重さのある巻締(まきしめ)()を一人で持ち上げて裏庭へと運び出し、黙々と取手を回しては水深儀の世話を毎日休まず続けている。  単なる感謝だけではなく、それがこの男なりの罪ほろぼしでもあるらしい。 弟子たちの間に(くすぶ)っていた漁師へのわだかまりも、実際に自分たちが力と手間のかかるバネ巻きの作業から解放されてみると徐々に消えていくのが自然な人情というものだった。 そういった訳で、山から下りて来たエミルエマルカスに気付いて一番に挨拶するのも近頃は漁師になる事が増えている。 「 おーい! おーい、アテナイ人の先生が山からお帰りだぜ! 」  その呼び掛けだけで、工房本屋(ほんおく)の雰囲気はどことなく引き締まる。 間を置かず大扉が開くと、手の空いている弟子の数人がエミルエマルカスを出迎え、指示を受けるため師の前に短く列を作った。  
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