【 17 】

1/1
前へ
/37ページ
次へ

【 17 】

「 一人、(かまど)に火を起こしてくれ。 一人は銀泥(マルガーマ)の用意だ。 日が暮れる前に鉱石の精錬を済ませてしまおう。 後の者は …… 」  深い顔の皺や白髪頭が与える外見の印象に反して、職人の声だけはまだまだ老いを感じさせず、淀みも無駄もない。 それは自分の至ろうと望む将来に対して、旺盛な意欲と目的を持つ者の声であった。  弟子たちはこの島で造られた水深儀の構造や扱い方にこそいささか詳しくなったものの、実のところ、ここで行っている精錬作業の意味については充分に理解しきれていない。  一度、弟子を前にしてエミルエマルカスは自分がなぜこの島を訪れたのか、また己れがこの島で得ようとしている新金属の特性についても説明しようとした事がある。 しかし、その素材を使えば髪の毛の断面よりも小さくて薄い歯車を造れる可能性がある ─── という大まかな見通し以外、その複雑な話の核心部分にまでついて行ける者はいなかった。 「 まあ良い 」  完全な理解が叶うまでに必要となる基礎知識の膨大さと、それらを教導(きょうどう)するための歳月を心中で概観してから職人は少し淋しげに笑うと、あっさりその話を切り上げた。 「 この仮説自体が、徒労に終わるかもしれぬ不確かな夢なのだからな。 それを用いて何が作れるかを知るのは、実際にその金属を得てからでも遅くはあるまい 」  目標を把握できずとも、エミルエマルカスに尽くそうと働く弟子たちの真摯(しんし)さに偽りはなかった。 それはこの職人が生来持っている人柄からの感化と、実務家としてこの島で作り上げた水深儀の機能を目の当たりにしているところが大きいだろう。  エミルエマルカスは、理屈ではなくまず何よりも現物を持って説得力とする人物であった。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加