【 18 】

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 そうして希少な金属を岩塊から溶かし出すための炭床(すみどこ)に熱が広がるのを待つ間に、職人の眼は工房の裏庭に出来上がっている、もう一つ別の行列を認めて笑み細まった。  それはバネ巻きされるのを待つ水深儀たちが、漁師の後ろにずらりと集まっておとなしく鎮座(ちんざ)する光景である。 「 面白いな。 あれを見てみよ 」  師の視線の先を探す弟子たちの顔が裏庭へ向けられるが、しかし表情はきょとんとしたままだった。 いつもの場所で、いつもの仕事を続ける漁師 ─── それは近頃の工房では当たり前になった、見慣れている光景なのである。 「 気付かぬか、どの機械たちもバネの巻締(まきしめ)()ではなく、漁師の側に並んでいる事を 」  漁師だけが専一に動力を再充填する日々が続くうちに水深儀は学んだのだ、とエミルエマルカスは説明の言葉を足していった。 「 バネを(たわ)ませるのは巻締機だが、そこに人間の働きを介さない限り、その作用が水深儀に及ぶことは決してない。 重要なのは人間なのだ。 さらに言えば、その人物が誰であるか、というところがより重要だ。 私でもお前たちでもなく、あの大男の側で持っていれば、やがて自分の中にある伸びかけた弱いバネは再び力強さを取り戻す事になると、あの工程を繰り返すうちに回路のどこかが記憶したのだろう。 幼い子供が腹をすかせて母の料理を待つようなものだな …… 慕われている、と言い換えても良い 」 「 師よ、だとすると …… なんてこった、それでは我々は、水深儀から見ると漁師よりも取るに足りない存在だという事なのですか 」  驚いて意外そうに口を尖らせる不満顔の一つに、職人は思慮深く首を振ってみせる。 「 いや、その一点だけで働きぶりの重要さを決めるのは早合点というものだ。 例えば、そら 」  今度は工房へと振り返り指差された作業台の陰には、周囲を行き交う弟子たちの邪魔にならないように道具籠の中で身を沈めている、一つの大型水深儀とさらに数体の小型水深儀がいた。 「 仕掛けのどこかしらに故障が出た水深儀は、修理してもらうためにあのようにお前たちへ近づいて行き、待つ。 その時に目指すのは私でも漁師でもない。 さしずめ、お前たちは自律機械の調子を保つのに欠かせぬ名医術師といったところだろう 」  間違いなく頼りにされているぞ、と請け合ってみせたエミルエマルカスに応じ、あの漁師が母親役ならば ─── さしずめ俺は外殻造りの太守よ、ならば我は歯車磨きの王であろう、といった具合に、各々がそれぞれ得意とする作業分野にちなんだ名乗りを即興で考え出して、その場の数人はしばし言い(たわむ)れた。  やがて重なり合う冗談に釣られ、弟子の中で最も年長の者が笑顔で何かを言いかけて ─── 一瞬迷ってから、寸前で自制し口を閉じた。 おそらく(おの)が師はそのような軽口を好まぬと考え直したのだ。  彼はこう言おうとしていた ─── では水深儀たちにとって、師は造物主にあたられるのではないでしょうか、と。
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