【 19 】

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   精錬を重ねた新金属が石床(いしどこ)鋳型(いがた)に注がれ、やがて冷えると、掌に収まる程度の細長い箱型に固まった。 光を反射する角度によって薄い藍色から落ち着いた濃紺へと複雑に色を変える、稀少さを別としても見た目の美しい合金である。  高い純度の下で示されるその金属の特性に職人は非常に満足して、 「 クライジャード島に来た甲斐があったようだ …… 」と、ここまでの日々をしみじみ振り返った。  山から採掘できる鉱物は多くない。 十数日を費やして手にした石片を集め溶かしても精錬(かい)にしてやっと一、二本分になる程度の微々たる量でしかなかったが、エミルエマルカスは焦りを見せなかった。 無理に急いで鉱脈を掘り進めようとはせず、また弟子を駆り出す事もせず、一人でのんびりと、だが着実に石の吟味を重ねていく。  一方で、彼は目的の金属が十分に貯まりきるまでの期間を無駄なく使って工房全体を見直し、作業の効率化と水深儀(すいしんぎ)用整備機材の再調整に日々を()てていった。 これはかなりの数にまで増えてしまった水深儀の世話を考えると、離島する前にエミルエマルカス自らが適切に判断して、弟子たちの為にどうしても済ませておきたかったことである。 「 お前たちを少しでも働きやすくしておかねばならん 」  水深儀の活動を支える弟子の人数は仕事の量に対して常に不足しがちで、改心した漁師の誠意や折々に得られる他の島民からの助力を加味してもなお、工房の仕事は楽なものとは言えなかった。  そういう状態を緩和できればと考えた末に、手当たり次第で色々と試した発明品の中には失敗だったり、予想したほどには上手く動作しなかった物もある。  例えば、「 風車は惜しかったな 」と職人が思い返す巻き締めの新しい仕掛けも、そんな空振り仕事の一つだった。  風車 ─── 風を受けて回転する()(ぬの)を円形に並べ、そこに蓄えた自然の力が水深儀のバネを自動的に(たわ)ませるようにと期待した設計である。 考えの通りに行けば、人間が苦労して力を使う工程がひとつ減る事になるだろう …… そう企図(きと)して従来の台座に仕掛けを追加してみたのだが、結果は思わしくなかった。  集められる風圧の弱々しさと、そこに生まれた小さな力を中央の回転受け軸に無駄なく伝えきれない。 のろのろと動く仕掛けが示す仕事の進みぶりが余りに遅すぎるために、漁師を除く工房の一同は揃って落胆したものだ。 得られる効果は期待の百分の一にも満たず、これではとても使い物にならなかった。 「 おいおい、俺がバネを一本巻き締めるのと同じ仕事をさせるのに、この機械は半年近くも掛かるってのかい 」    漁師は不出来な新発明を遠慮なく笑い飛ばした。 少しホッとしたようにも見えるのは、自分の立場が脅かされる心配もどこかにあったのかもしれない。 「 細かい事なんて気にしねえで、力仕事は俺に任せときゃいいのさ 」 「 違いない 」  エミルエマルカスは苦笑して失敗を認めたものの、帆布の仕掛けは取り外さずにそのまま巻締台の一基に残しておく事にした。 弟子たちへの宿題として、この先に期待を懸けたのである。 「 いつか改良された風車が役に立つ日が来るのを待つとしよう 」  職人はそう言って、風に(きし)む帆布(げた)が窮屈に集まる軸の円曲面を慎重に撫でた。
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