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  「 どういう事かね 」   医術師が割り込んで問いかけるが、その顔は既に何事かを察して青ざめている。 「 凝遷(ぎょうせん)(がん)は、火口から流れ出た溶岩が水などで急速に冷やされた時に生成される、砕けやすい性質の黒色火山岩だ 」  職人の知識が、周りを取り巻く人々の耳へ静かに伝わっていく。 「 どうやら話を聞く限りではその中でも特に小さな岩石破片が、海流でこの島まで運ばれているようだ。 小さい粒とは言え岩は岩だから、流れに乗った凝遷岩はやがて自分の重みで海底に沈んでしまい、普通はそれほど遠くまでは届かない 」  そこまで聞いた時には、その場にいる一行の誰もが見張り役を買って出るかのように各々海へと顔を向け始めていた。  小さな水深儀も、肩掛け袋の中から瞬かぬ機械の目をじっと同じ方向に据えている。  眼下に広がるのは朝日を明るく照らし返す青緑(せいりょく)色の雄大な(なみ)景色(げしき)だ。  透明さを(たた)えるその調和を乱して黒色の暗さに沈む、一つの不吉な潮筋(しおすじ)を見い出す事は実に容易(たやす)かった。 視界をはっきりと貫く異質な影のように、歪んだ海流が太々しく蛇行してクライジャード島を分岐の一部に呑み込んでいる。 「 あれが黒い海流だな 」  もし噴火が大きな規模で起こってしまえば、島には高潮が、悪くすれば津波が押し寄せるかもしれない。 皆が自分の眼で安全を ─── あるいは危険を ─── 視界の及ぶ限りで確認したくなるのは当然だった。 「 つまり、島のかなり近くにある火山が海底のどこかで噴火を始めているのだ。 初めの内は()り上がる溶岩と海水の間に岩盤があって、周囲の海水を軽く温める程度の変化しかなかった。 以前、一時的に大きめの魚が増えたという話があったのは、おそらく火山に温められた潮流が理由だったのだろう。 まだ噴煙が目立たないのは溶岩量が少なく、海水を突き抜けて空中に広がる程の勢いを持っていなかったからに過ぎない 」    ◇  漁師の息子には、難しい言い方の隅々までは分からない。 ただ自分の父や母、身近な友を心配するかどうかの単純な目安が必要だった。 「 だったら先生、海に煙が大きく上がるまで島は大丈夫なの? 」  職人はしばらく返事をしなかった。  不安そうな息子を守るように一歩を踏み出す漁師も、工房の弟子たちも、やがて全員が黙ったまま同じ方向へと信じ難い思いで彼方の一点へ視線を向けていく。 「 ‥‥‥ 」  エミルエマルカスは少年の側でしゃがみ、その肩に手を置くと感情を抑えた声で穏やかに告げた。 「 とても残念だが、既に我々は危険だ 」  そう言って指差される沖向こうの黒い流れと、さらにその先に見えるはずの水平線を少年は自分の眼でも探してみる。  だが、探すべきものが分からなかった。 一体どこの何を見て、何を心配すれば良いのだろう?  第一、雨雲が邪魔でその周りだけが見通しにくいし ‥‥‥ 。 「 あれは雨雲ではない 」  火山の噴煙だ、と職人は教えた。   
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