【 序 】

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   3 . 再編期  ハルフの死から四百年ほど後になって、イベリアの航海者たち ( 原注 2 ) はその塔に言及した伝承を過去の諸記録から見つけ出した際に、塔を自分たちの属する文化の言葉で語り直し、それを「 物語の宿る岩 」という意味を持つ「 ロカ・デル・クエントの古き塔 」と呼んだ。  それより以前、石塔の呼び方は地方や民族、時代によって様々なものだったが、イベリア人が他に先んじた冒険心によって広く海を旅するにつれて、ロカ・デル・クエントという名称もまた彼らの支配域と同様、世界に広まることになったのである。  しかし呼び名がどうであれ、海図にない未知の島に建つ石塔についての不可思議な伝説の根幹は変わらず、謎は依然として謎のままであり続けた。 「 ハルフの石 」 は ロカ・デル・クエントの古塔にまつわる貴重な逸話ではあるが、見聞の記録はこれひとつにとどまらず、世界の各地に広く伝えられている。  航海の成否が予期せぬ嵐やわずかな海流の変化に大きく左右された時代、この奇妙な島と石塔について語る者が絶えることはなく、難破の不運と生還の幸運との狭間(はざま)で、その両様(りょうよう)いずれにもふさわしい海への畏怖(いふ)と神秘の象徴として、多くの証言が残された。  ある者は洋上から霧の(とばり)越しに間違いなく島の影を見たと宣誓し、別の者は島の自然について報告し、ごくまれにだが塔の全容を目にした、さらには塔の内部に足を踏み入れた、と言い出す者まであった。  しかし今となっては、古塔ロカ・デル・クエントを、そして塔の建つ島を語り継いだそれらの言葉はそのことごとくが時の彼方へ空しく響き去って、その内容が果たして真実であるのか虚構であるのか、予断無しに正しく確かめる手段はない。  塔は、伝説の時代から現代へと()き出されて無粋に検証される事を拒んでいるのだ ─── 今も我々の前に残る不確かにしてわずかな手がかり、すなわち、いくつかの 「 石 」 だけをその例外として。  
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