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  「 この網を海に沈めて、まずは海底の形を測るのだ 」  エミルエマルカスは軽く水をくぐらせた薄布を手近な潮止めの岩に被せて、実際に作業の原理を説明してみせた。 濡れた布は岩肌にぺたりと貼り付き、不規則な岩の形に沿ってほぼ同様の凹凸(おうとつ)を再現している。 「 一つひとつの水深儀は、自分が水面からどの位まで深く潜ったのかを記憶できる。 だから海の底まで網と一緒に沈んだ水深儀たちそれぞれの情報を総合すれば、人には潜れぬ深さの海底の様子を知る事もできるわけだ 」  そう聞かされても、一同は差し迫った懸念とは離れた話題にきょとんとするばかりだった。 島に迫り来る波の話が始まると信じて身構えていたのに、どこか肩すかしを食った格好である。 「 ええと、先生 ‥‥‥ 」  だがエミルエマルカスは珍しく手をぐっと前にかざして周囲の余言を前もって強引に(さえぎ)ってから、ひと息に話を続けていく。 「 ここから見る限りでは、あの噴煙はそれほど巨大な広がり方をしていない。 おそらく、クライジャード島に到達する高波もそれに比した、程度の弱いものだろう。 それについては心配する必要はないと、私は思う。 繰り返して言うが、あの火山からこの島に届く波は、おそらくは、ごく、小さい 」  こわばっていた島の人々の表情が、少し柔らかくなりかける。 「 だが ─── 」  職人の声は思慮深くも冷厳に続いた。 「 だが、火山の方角からやって来る潮流(ちょうりゅう)が普段よりも強くなるのは間違いない。 その時に “ (おそ)(なみ) ” がどのような変化を見せるのか、それは誰にも分からないのだ …… 今はまだ 」  襲い波、と久しぶりにその一語を聞いて群衆は声もなく(おのの)いた。 近頃は舟の被害もなくなったが、だからと言って現象そのものが消え去ったわけではない。  長年にわたって島民を苦しめ続けた危険な大波は、水深儀から受け取る予報があるおかげで避けやすくなったに過ぎなかった。  遠方から急に加わる全く別の潮の流れがこの島特有の “ 襲い波 ” に何を引き起こすか、エミルエマルカスの不安はそこにある。 「 作業が終われば見通しもつくだろう。具体的に何かを心配するのはそれからだ 」  舟の用意をしてほしい、と職人は締め括った。  
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