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      なんとか皆、納得してくれたようだ ‥‥‥ 。  徐々にやる気を出して少しづつ早まっていく漁師たちの動きを見て一息つこうとしたエミルエマルカスはその時、登山に同行していた弟子の一人が負っていた肩掛け袋の開け口に目を凝らした。 その影の中に、見慣れた球形の控え目な反射をふと見つけたのだ。 「 ‥‥‥ ? 」  水深儀だった。  そしてすぐに、つい先刻その弟子と交わした短い会話を思い起こした。  確か持ち物の中に小型の水深儀が一体(まぎ)れ入っていた、という報告だったが、きっとあれがそうなのだろう ‥‥‥ 水深儀は、ちょっとした気まぐれで珍しい場所を探検してみたらこんな所まで運ばれていた、といった風情で、開いた隙間から半分ほど顔を覗かせている。  思考とも呼べない単純な行動しかできないはずの機械ではあるが、時々ああやって本来の機能とは異なった予想外の動きを見せる事があるのは興味深い。 計測した波の記録に用いる歯車の総数に余裕を大きく持たせて複雑な造りにした為か、水深儀は自身に前例のない刺激を得ると、それに応じて新しく何がしかの反応を示す事があるようだった。    これは設計者のエミルエマルカス自身でも予測しなかった意外な見落としだ。 充分な計測と記録のために用意した能力が過剰過ぎて、他の目的にも機能を振り分ける演算の余裕を ─── 言うなれば、自由を ─── 与えてしまったのだろう。  そもそも自身の在るべき場所から離れてふらふら彷徨(さまよ)い歩くなどというのは一個の機械としては本来の存在理由から外れた行為で、厳密には無駄と言える。  少なくとも水深儀が必要とする機能ではない。 「 ‥‥‥ 手の込んだ設計にし過ぎたかな ‥‥‥? 」  職人としての価値観から半ば反射的に再設計と手直しを微かに意図したエミルエマルカスだったが、その時水深儀の見せた一動作がその考えを思い止まらせる。  それは、更に予想外な行動だった。    ◇  その小さな水深儀は機械の腕を伸ばして、自分を乗せている弟子の肩に乗っていた落ち葉クズをつまみ取ったのである。 暫く顔の前でそれを吟味して、それから少し苦労して口の中に仕舞い込んでいく。  自己の判断で主人の簡単な()(づくろ)いをした、と見えなくもなかった。 知性とするには大袈裟だが、どことなく何かを「 考えている 」ようにも思える動きだ。 「 いや、というより ‥‥‥ 」  一連の微笑ましい仕草を見て、エミルエマルカスは再び考え直す。  いや見落としというより、むしろ “ 自律機械 ” という言葉の定義からすれば、機構の改造なしに内的な処理のみで行動を変化・進化させている今の水深儀の姿は、誇るべき成功の一例と見なすべきかもしれない。    ◇   もっとも、結論を出すにはまだ早かった。 あの動作はただ一度だけ起きた偶然という事もあり得る。 いつか時間ができたら改めて、水深儀内部の仕掛けの働きに一体どこまでの可能性があるのかを確認し直してみたいものだが ‥‥‥ 。 「 ほ ── い!! 」  我知らず際限のない技術的思索に落ち入りかけた所へ背後から、ほーい ‥‥‥ ほーい ‥‥‥ と周りに注意を促す声が響き渡って、エミルエマルカスは振り返る。  舟が(いかり)を揚げた時の合図だ。  見れば、早くも一艘目の漁舟が桟橋を離れていくところだった。   
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