【 28 】

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【 28 】

     場所を決めて、海に網を投げる。    言葉にしてしまえば短い一言だが、水中で完全に拡がった時に一打ちの網が覆う面積の大きさはかなりのものだ。 それは土地の売買を定めた法律の単位に今も呼び方の慣習を残す程で、実際に目にした経験のない者には容易に想像が及ばない程に広い。 職人はその広さを一時に幾つも用いて、湾周囲の地形を知ろうとしている。  ざっと取り決めた通り、海上で舟が直線上に並んでいった。  舟の各々が一定の距離を取ってずらりと浮かんでいるため、位置の誤差は仮にあったとしても小さいだろう。  網が海底に沈み切ると、一呼吸だけ待ってからすぐに引き揚げる。 曳き口を締めず、ただ再び舟の上へと引き戻す単純な作業だ。 当然ながら底の抜けた網に掛かる魚はなく、重みが変わらないため負担は少ない。 漁師たちが段取りに慣れるにつれ、その行程はどんどん早くなった。  そうやって何艘もの舟が漁師と工房の弟子を乗せて、時々起こる “ 襲い波 ” を避けつつ、忙しく浜と海の行き来を繰り返した。  舟が戻って来ると大急ぎで網を回収し、弟子たちが一つひとつの水深儀から海の深さが記録された数値を読み取っては粘土板に書き込んでいく。 全ての水深儀から記録を得終わると、休む間もそこそこに小さな自律機械は舟に乗って再び海を目指した。    そして、数刻が過ぎたところで人々は ─── 作業への疑問を感じていた者ばかりではなく、エミルエマルカスに付き従う工房の弟子たちや科学にそれなりの知見を持つ医術師までもが ─── 皆、自分たちが何をしていたのかを知って大いに驚嘆したのだった。  ひとつ二つという限られた数点の情報ではなく、広く面となる精度で記録を総合した成果が、人の目にも(わか)る形ではっきりと(あらわ)れてきたのである。      
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