【 30 】

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      クライジャード島は、陸地から南西方向の外洋に広く扇型に落ち込む無数の谷が集中してせり上がる地勢の、その終点部に位置していた。    谷は水中それぞれ浅く深く様々な角度で切り立ち、数条に分岐して湾曲しつつ海の底に複雑な自然の回廊を築いている。 それを身近な物で例えるなら、(しわ)の寄った固い獣皮を握りしめて持ち上げている(こぶし)と言ったところだろう。  この場合、拳の部分が言わば島の陸地部分で、獣皮の皺はそのことごとくが上に行くにつれて一つの方向にまとまっている。  そしてその傾斜は『 拳 』に ─── つまり陸地に近くなるにつれ、更に急峻になった。 「 この特徴的な海底の起伏には、島に集まる幾つもの流れを一つにまとめる性質がある。 おそらくはそれが “ 襲い波 ” を生み出す巨大な力の正体だと私は思う 」  模型の周りを埋める人々は真剣な面持ちでエミルエマルカスの説明を聞き続けた。 「 谷を通る海流の速度は深さや水温によって遅くも速くもなり、大抵はバラバラに分かれて静かに島の(かたわら)を通過する。 まとまりを見せない限りは何の変哲もない、ただの遠潮に過ぎない 」  海に見立てた水面は穏やかに波打ち続けるものの、注意深く観察すれば決して安定してはいない事が分かる。 水瓶から水面に注がれる水の落ち方それ自体は至って静かに見えるため、これは少々奇妙だった。 「 だが、数時間に一度か二度はそれぞれが持つ勢いの周期が峡谷の終点で重なって一つに合わさり、結果として非常に強い海流になるのだ。 その力が最後に島に近い海底の崖にぶつかって砕ける時、海面にも大きな変化が生じる 」  職人が語る間にも、その言葉を裏付けるように水の揺らぎは時々不規則に盛り上がった。 そして数回に一度、その隆起は単なる水面上のうねりだけには終わらない。  模型の湾口に、やや高い波の乱れが現れる。  そして、飛沫がはじけた。  模型では控えめな「ぱしゃん」という水音が立つ程度の小さな動きだが、実際の海面ではそうではない事をその場の誰もが知っている。  今の水音、今の泡立ち、それこそが模型の中で再現された “ 襲い波 ” であった。 絶対的な破壊力で舟の航路を断ち切ってしまう大波である。     
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