【 31 】

1/1
前へ
/37ページ
次へ

【 31 】

    「 今度はここに、南からの海流が加わる。 海底で起き始めた噴火による、強くはないが特別な新しい波 ‥‥‥ つまり今までには存在しなかった、新しい流れだ 」  エミルエマルカスの合図に応じて、南方向に置かれた別の水瓶が傾けられる。  新たに注がれた水流は、すでに流れていた水の様子にゆっくりと干渉していった。 模型を満たす水面に別の動きが現れたのを確認して、再び職人の口が開かれようとする。 「 見てみるとしよう、これが、海底火山の ─── 」    ◇  だが、それ以上に説明を加える必要はなかった。  模型の開湾部のすぐ外に不気味な水の渦が現れたかに見えた次の瞬間、波は渦を中心に大きく上空へと打ち上がったのである。  それは単純な水の動きと言うよりも、竜巻のように水面から宙へとのた打つ一塊の水柱だった。 発生すると同時に(もろ)く散じてしまう通常の波とは違って、水塊それ自体の回転によって分散する事なく一筋にまとまっている。  水柱は先刻再現された襲い波の数倍の高さにまでグッと伸びた後、ようやく回転の力を失うと自重(じじゅう)によって再び水面へ、巨木が倒れるように一気に崩れ落ちた。  しかし、水塊全ての部分が水の中に戻ったわけではない。 模型が注視される中、水柱たっぷり半分ほどの水量が島の陸地部分に叩きつけられたのを人々は見た。 「 ‥‥‥ 」  模型の陸地から跳ね返った海水を半身に浴びて、ただ立ち尽くすエミルエマルカス。  さすがの職人も、この実験結果にはしばらくの間は声を失うしかなかった。  やがてこの島に ─── 陸地部分に ─── 信じ難い量の海水が押し寄せるという、考えうる限り最悪の予測が出たのである。 それは通常の津波ではなく、より危険な災害へと姿を変えた “ 襲い波 ” だった。 しかし原因が津波か珍しい自然現象かの違いなど、その濁流に見舞われる当事者にとっては何の意味も無いだろう。  人々の多くも意気を無くし、数人は震えながら頭を抱えてうずくまってしまう。 「 お …… 俺たちは 」  お(しま)いなのか、とまでは口にできず、年老いた漁師が力無く白髪の妻を抱き寄せる。  そんな大人の様子に絶望を読み取り、部屋の隅に固まって震え始めた年少の子供たちを数人の母親が身を寄せ合って(なだ)めようと近付いた時 ——— 「 みんな、大変だ! 」 血相を変えた漁師の息子が走り込んで来た。 「 フェニキアの船が逃げ出して行くよ!! 」  
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加