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4 . 総覧
塔の一部を持ち帰ったと称して好事家や骨董商の間で取引される、いわゆる「ロカ・デル・クエントの遺物」なる石は恥知らずな詐欺師たちの手によってそれこそ無数に生み出され、安易に秘宝や神秘の力を追い求める軽率な人々に、古来から莫大かつ無意味な金銭の支払いを促し誘ってきた。
その多くは、否、そのほとんどは ─── もしかすると残念ながら全ては ─── おそらく偽物であろう。
同様に、岩に刻まれた文字の解読に成功したと喧伝する者が云う、塔の言葉を読み解くための「秘術」も、科学的な手法とはお世辞にも言えぬまがい物ばかりであって、検証を経た後にもなお信用するに足るロカ・デル・クエント文字の言語学的体系論は、未だ確立されていない。
そのような事情から、この分野の研究には常に偽物と嘘、そしていかがわしい神秘主義が宿命的に付きまとっている。
実際のところ、数千年間に及ぶ一連の伝承をひとつの考古学的な研究対象として捉えた時、歴史家が参考にできる確実な資料は文字化された短い口伝を除くとアナトリア時代に記された紀元前の工学書『 エミレウマ伝 』か、東西ローマ帝国の分裂期に成立した『 聖エスタバン書 』にまで遡らなければならない。
これは非常に大きな空白である。
ロカ・デル・クエント伝承の精査を行なう際、我々は同時に長大な時間の断絶をも目にしていると言えよう。
しかしながら数々の石の中には、現在の段階では確として「 これは贋作である 」とまでは断定のできない来歴を持つ標本も散見され、また、過去に解読を試みて既知の言語への翻訳が成ったと伝わる物語の中には、今なお人々の興味をそそるに足る数篇が存在する。 それらが時代の移り替わりと一般常識の冷笑に耐えて現代まで生き残って来た長い歳月もまた、公平な態度で認めるべき歴史の一要素であろう。
石の真贋とそれに付随する検証および類推の数々については王立博物館の設立委員の一人でもあるアーカート領公爵ウィルバー・マンスフェル卿と、同卿の主宰する大英帝国考古学術院によって近々刊行される予定の別著に譲ることとするが、それとは別の視点で古塔ロカ・デル・クエントの伝説が秘めるもうひとつの側面、すなわち、『岩石に刻まれた物語』の内容そのものに目を向ける姿勢にも、歴史的・人文学的にはいささかの意義を見い出せるに違いないと私は考える。
そのいくつかを語ろう。
ウェズドナルド・ブラムリー ( 署名 )
( 原注 2 : イベリアの航海者 / イベリア人 ‥‥‥
ここではポルトガル、スペイン地方の人々、及
び船団。そのため、両王国に雇用された他地方
の航海者たちが含まれる事もある )
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