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アリーシャはちらりとリカードの顔を見ると、すぐに視線を逸らした。が、贈り物は素直に受け取る。
「ありがとう。虫の少ない今の季節に使い切ることにするわ」
「そうか。いつも美味しい食事をありがとう、アリーシャ」
「……美味しいと言ってくれる人のために作るのは、やりがいのある仕事よ」
二人は並んで、城門のほうへ歩いて行った。
いちおう、進展はしているようで結構じゃないか。
アザドは微笑み、意識を仕事に戻した。
*
リカードは、うっすらとほころんだ花びらを見て、心底嬉しそうに微笑んだ。
春になった。約束を守るよ。君に、この花を捧げる。
約半年の間世話してきたチューリップを摘み取った。少し可哀想な気もしたが、球根はきちんと処理して、また今年の秋に植えなおすつもりだ。次は異なる色の球根も買って、一緒に植えたい。
背後からアリーシャがやってきた。この半年で、リカードには彼女の足音が見分けられるようになっていた。
リカードは数本のチューリップを藁で束ね、即席の花束を作った。背後を振り向き、「やぁ、アリーシャ」と声をかけた。
「君は訊いたね、何を植えたのかと。もう知ってると思うけど、育てていたのはピンクのチューリップ。そして、君の知らないことをもうひとつ。この花は、本当は君にあげたくて育てていたんだよ」
アリーシャは、怒ったような困ったような表情で、そこに立っていた。
けれど、それが決して拒絶でないことを、リカードは知っていた。
「この花束を、君に……ピンクのチューリップの花言葉を知っているかい?」
アリーシャはうっすらと頬を染めた。ばら色の髪の乙女は、はずかしそうにうつむきながら「えぇ、知っているわ」と答えた。
彼女はそっと両手を差し出し、花束を受け取った。それを、大切そうに胸に抱える。
「あなたに芽生えた愛を受け取ります……ありがとう、私、本当はあなたに名前を呼んでもらえるのが嬉しかったのよ」
リカードは微笑み、彼女の髪をひと房とって口づけた。
「こちらこそ、いつも美味しい食事をありがとう、アリーシャ。いつか、私だけのために作ってくれると嬉しいな」
フリューレンス王国は春の国。森でも町でも、一年中キレイな花たちが姸を競っている。
この春にもっとも美しい花を手に入れたリカード・ミリノフ・マクラウドは、十数年後、準男爵に叙せられる。従軍に際してつねに妻が寄り添い、夫のために料理をつくる姿が目撃された。
マクラウド卿のチューリップの花束は、後世、若い兵士が想い人に告白するときに用いられる故事となる。
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