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「――ということがあったんだ」
リカードは今朝がた起きた小さな事件の顛末を、幼馴染のアザド・レジ准尉に話して聞かせた。
アザドは、リカードより一歳年長の十九歳。浮ついたところのない硬質の気性で、鳶色の瞳も舌鋒も鋭い男だ。リカードの腹心として、よく補佐してくれる。准尉というのは、この第三大隊第一歩兵隊の中ではナンバースリーの地位で、リカードとともにあるだけでなく、独自の裁量で動くこともできる立場だった。ゆえに、兵士たちの迷惑な行いを戒めるのに、彼の知恵を借りられないかと思っていた。
「で、要するに彼女に惚れたわけか」
アザドは軍を一歩離れると幼馴染の顔に戻り、リカードには一切の遠慮がない。
アリーシャことも相談しようと思っていたリカードは、驚いてアザドの顔を見つめた。
「なんで分かったんだい?」
「お前が五歳の時、近所の娘に惚れたときもそんな表情をしていた――十三年ぶりだな、おめでとう」
幼馴染というものは、恋愛遍歴まで覚えているものなのだろうか。
アザドに指摘され、リカードは気まずげに黒髪を掻きまわした。
「しかしお前の趣味は分かりやすいな。五歳の時のお相手も、えらく気の強い娘だったぞ」
「……アザド、昔のことはもういいよ」
リカード自身はあまり覚えていないのだが、とにかく恥ずかしいのでやめてほしい。
リカードをからかって満足したのか、アザドはひとつ肩を竦めると、「兵士の生活態度には釘をさしておいたほうがいいな」と本題に戻った。
「ブルックナーのおっさん……じゃなかった、ブルックナー中尉に頼んで、草案を作ってもらえばいいだろう。住民との協力的な関係を壊すものにはそれ相応の罰を与える、とね。その辺はお前と中尉で話し合ったほうがいいと思うが」
「あぁ、そうだね。規律に関することは、彼に相談するのがよさそうだ」
リカードはやや苦笑まじりに頷いた。
部隊のナンバーツーであるジョゼフ・ブルックナー中尉は、嫌な男ではなかったが堅苦しい男だった。規律が服を着こんだような人物で、兵士たちからは「秩序の騎手」などと呼ばれている。辺境と言って差し支えない田舎の国境地帯で監視任務に就く軍団が、誇りと秩序を保って行動するには、彼の手腕が不可欠だった。
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