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あれ?
1メートル、2メートル…同じように、でも逆方向に。男の人の体は遠ざかっていく。
何も、なかった。やっぱり勘違い?気のせい?でも、とにかく良かった。これで無事にここを出られる。ほとんど開きっぱなしの自動ドアをくぐって、すぐには駆け出さず家とは反対方向に歩き出す。通り過ぎる人の声も、自転車が通り過ぎる風の音も、車のクラクションも、不思議と自分とは関係のないものに聞こえた。
僕はさっきまでの僕とは違う。見た目は変わっていなくても、握り締めた掌を開けば泥で汚れてしまっている。
やってはいけない事を、してしまったんだ。
肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握る。滲むような夕日がほとんど沈んで、小さな子供の姿も見当たらない。公園と呼ぶには狭いスペースに逃げ込んだ僕は、二人乗りブランコの片方に腰掛けた。キィキィと錆びた鎖が揺れる。昔はここで遊んだよな。懐かしいなぁ。…あの時に、戻れればなぁ。
叶わない願いに溜息を吐いてから、鞄のファスナーを少しだけ開いて覗く。けれどそこにはあるはずのものがない。
「…え?」
ない。ない!なんで、どうして。確かにここに入れたのに。勢いよく開けた鞄の中には、ペンケース、ノート、一円も入っていない財布。空っぽの鞄は怪しいからカモフラージュの為に入れたもの。
それに、一枚のメモ用紙。これは僕のものではない。白紙のそれを手に取って、確認のため裏返す。
『かわりに盗ってあげたよ』
それだけが書かれていた。かわりに、盗った?文字を目でなぞり、その意味を考える。誰かが僕の鞄からあれを盗った。誰が?何の為に?意味が分からない。こんなメモを残すって事は、僕を脅そうとしているの。予想もしていなかった展開に頭がついてこない。
パニックを起こす寸前に間抜けな音がお腹から鳴る。直接目に入る証拠が消えたからだろうか。
もしかして、ほっとしてるの?
僕は情けなさにほんの少し笑ってから、思い切り自分のお腹を叩いた。
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