悪銭、身につかず

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※ 「おはよう」「おはよう」 「数学のノート見せて!10日だから絶対あたると思うんだよ」 「今日って委員会あったけ?めんどくさー」 朝一番の挨拶も、他愛無いやりとりも、そこかしこに散らばるざわめきは僕の肩をすり抜けていく。いじめられてはいない。けれど友達もいない。それはきっと良くも悪くも学校での生活を無機質に、ただ時間を消化するものにしてくれる。 …お腹すいたなぁ。 唯一の楽しみといえば、給食。平日だけの、一日一回の貴重な食事。だけど支払いが滞り続ければどうなるか分からない。それに僕だけが食べたって…一瞬考えただけなのに、みぞおちの辺りがぎゅうっと締め付けられた。 不格好なお面を顔に貼り付けたまま一日をやり過ごして、上靴を履き替える。いくつかの角を曲がって歩いて、ちょうどスーパーに向かう道の分岐点に来た所。肩に軽い力が加わった。 「今日は盗らないの?」 「…?!」 声を振り解くように体を捻ると息が止まるかと思った。そこに立っていたのは灰色のパーカーに、膝のところが破けたジーンズ。ゴツゴツとしたブーツ。間違いない、昨日のあの人だ。違うのはフードは被っていなくて顔が晒されている事。その口元には真っ黄色のクリームがついている。 「それ…」 「?ああ、ついちゃってたか。うん、合ってるよ。これは君が昨日盗ったもの。更に修正するなら俺がその後君から盗ったもの」 事もなげに言いながら、男の人はビニール袋に指を突っ込む。五個入り130円の、一つが小ぶりなクリームパン。僕の犯した罪の証拠は、名前も知らない人の口にぱくりとくわえられた。
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