異界からの呼び声に応える姫

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異界からの呼び声に応える姫

「いやっ、来ないでっ」  わたしが叫んで追い払おうとした瞬間、一匹の身体に裂け目が現れ、尖った歯が並ぶ口が現れた。一匹がわたしの腕に噛みつくと、他の『鼠』たちも一斉におぞましい口を開け、太腿や脇腹に歯を立て始めた。 「うあああっ」  のたうち回りながらまとわりついた獣たちを振り払うと、わたしは檻の隅に避難した。 「来るな……来たら切り刻んでやる」  わたしが恐怖に耐えながら威嚇すると、獣たちは数匹を残して穴の中へと戻っていった。  よかった、わたしを食い尽くすつもりではなかったようだ、そう思って息を吐き出した瞬間、わたしはある異変に気がついた。全身がみるみるむくみ始めたかと思うと、手足の先と顔面が激痛と共に膨らみ始めたのだった。 「な……なにこれ……毒?」  わたしは自分の細胞が何倍にも肥大し、血管やリンパが押し潰されて悲鳴を上げるのを意識した。獣の毒に身体がある種のアナフィラキシーを起こしたのだ。このままでは全身が裂けて血をまき散らしながら息絶えてしまうだろう。  わたしは無我夢中で身体のあちこちを弄った……と、膨れた指先がポケットの中の硬い感触を探り当てた。  ――これは!  わたしが引っ張りだしたのは、『女神の指輪』だった。いちかばちか、これで『能力』を取り戻せれば――そう思って指先に持っていった瞬間、わたしは事態が絶望的であることを悟った。毒で膨れ上がった指は、もはや指輪をはめられる細さではなかったのだ。 「よりによってこんなときに……」  わたしは呻くと、薬指を口元に持っていった。躊躇している余裕はない、わたしは口を開くと、自分の指を渾身の力で噛んだ。 「ああっ!」  ぶちんと皮膚が爆ぜる感触と共に、苦い体液が口の中にあふれた。わたしは血と組織液でどろどろになった指に迷うことなく指輪をはめ、目を閉じた。次の瞬間、身体の奥から溶岩のように熱い塊が突き上げ、わたしの喉から意味不明の叫びが迸った。 「聞こえるか忌まわしき者どもよ!よくも大事な指輪を獣の毒で汚してくれたな。この罪はいつかお前たちの血で贖わせてやる。覚悟しろ!」  わたしは闇に向かって叫ぶと鉄格子を握った。わたしの両手から青白い火花が散り、小さな稲妻が鉄格子全体を覆った。次の瞬間、轟音とともに錆びた扉が枠から外れて落ちた。  わたしは自分を辱めた獣に歩み寄り、まだ火花を散らしている片方の手で鷲掴みにした。 「根倉に戻ってお前の主人に伝えなさい。わたしは決して先生の救出を諦めないと」  わたしが獣に告げた瞬間、手から炎が立ち上って獣の身体を包み込んだ。火だるまになった獣は狂ったようにのたうち回りながら穴に飛び込んで姿を消した。 「――行かなくちゃ」  わたしは開け放たれた出口から檻の外へ出ると、旧校舎の中へ引き返し始めた。途中に並ぶ檻の中から時折、威嚇するような声が漏れ聞こえたが、わたしが顔を向けるとどの影も怯えたようにたちまち沈黙した。  屋上への出入り口にたどり着いたわたしは扉を開け、忌まわしい牢獄に別れを告げてさらなる敵が待つ次の闇へと踏みこんでいった。
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