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命を抱く姫と始まりの女神
「お願いです、もし『吉良彩芽』という女性の居場所を知っていたら、教えて下さい」
わたしが懇願すると、蔵内は「この通路の突き当りの部屋にいます」と掠れ声で言った。
「ありがとう、行ってみます」
わたしが礼を述べると蔵内は急に真顔になり「待ってください、あなたに知って欲しいことがあります」と言った。
「知って欲しいこと?」
「あなたがお探しの方は『特殊万能細胞』の不適合者ではありません。組織が薬物で人格を一時的に狂わせてのいるだけの状態です。しかし存在自体が『王虎塾』にとって極めて重要なため、不適応者たちと共にここに軟禁されているのです」
「じゃあ、元に戻せるのね?」
わたしが興奮して尋ねると蔵内は頷き「……ですが組織は絶対に解放しないでしょう」と答えた。
「なぜ……組織はそうまでして吉良先生に拘るんですか」
「あの人は……『特殊万能細胞』を最初に生みだした人間なのです」
「なんですって?……どういうことか教えて下さい」
わたしが詰め寄ると蔵内は眉を曇らせつつ、意を決したように語り始めた。
「もともと『特殊場万能細胞』はあの人の腫瘍から生まれた細胞だったのです。手術で摘出された後、細胞は元の持ち主に知らされないまま培養され、様々な実験が行われました。しかしどの実験も成功には至らず、組織は一計を案じたのです」
「……というと?」
「あの人の弟が難病だという情報を得た組織は、治療費を持つ代わりに一度摘出した細胞の一部をもう一度身体に戻し、生きた培養漕になって貰うという約束を取り付けたのです」
「……信じられない話だわ」
「そうしてあの人の身体から生み出された細胞を、組織は多数の被験者に移植しました」
「その一人がわたし……というわけね」
「そうです。細胞を生みだした宿主には何の変化も現れないのに、移植された被験者たちには次々と恐ろしい変化が起こりました。この十年間で成功例は一例しかなかったのです」
「わたしがそうだと?」
「ええ。あなたのほかにももう一人、変化がもたらす悲劇から逃れた被験者がいました。当時四歳だった少女です」
「亜里沙……か」
「組織は一度解放したあの人を呼び戻し、薬で自由を奪って細胞が完成するまで閉じ込めておくことにしたのです。そしてあの人もそれをご自身の宿命として受け入れたのです」
「そんな馬鹿な。あんなひどい目に遭わされて、我慢できる人なんているはずないわ!」
「もう一度、聞いてみればわかります。ここではあの人は触れてはならない存在なのです」
蔵内はそう言うと、生気のない顔を伏せた。
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