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「奏多〜、ずいぶん凹んでるねぇ。」
少し鼻にかかる独特な笑い方で、面白そうにしている高校時代からの悪友、徹平。
「…まあね。」
それにもおざなりの答えで机に突っ伏す俺。
昼間に出会った北村実波との絡みのせいで、会議は予感通り集中できず、危うくライバル班の案が採用される所だった。
結局、最終的にはうちの班の案が通ったけど、プレゼン内容が酷すぎると課長に散々説教されるハメになった。
「徹平…俺を励まして…」
お気に入りのちょっとお洒落な居酒屋。
そこに男二人、週末の夜に飲みに来る。
どんだけ俺は寂しい奴なんだってね。
「しょうがないね…そんな奏多くんの為に、今日は女の子呼んだから!」
「マジ…?」
「あれ?嬉しくなかった?」
「今日は女はいい。」
「あれ?何かやらかした?」
「いや…そう言うわけじゃないけど…」
「そうなの?あ、今日来る子は変わってるから、平気だよ!そう言う色気無いし!」
「そうっすか…出来れば徹平さんと二人が良かった…」
「そう言わないでさ!ね?案外奏多の好みかも!」
…色気無いってあなたさっき言ったじゃん。
俺はグラビア好きなんだってば。
色気たっぷりの…メガネ女子。
いや…大して色気は無かったか。
散々気持ちを落とされたのに、やっぱり浮かぶ実波の笑顔。
「ごめんね!遅くなって!少し道に迷っちゃった…」
実波の声が聞こえちゃったよ。
…俺、重症だな、これ。
「も~徹平のメール、わかりにくい!」
あれ?あなたもそう思います?
俺もね、いつもそれについては思ってんのよ…って、えっ?!本物の声?!
驚いて顔を上げるとそこには確かに、若干息を切らしながらやって来た、見覚えのある鼻メガネの子が立っていた。
人間、想定外の事が起きると頭が真っ白になるって言うけど、まさに今そんな感じ。どうして…実波がここにいて、徹平のメールについて文句を言っているのか。
「お疲れ、実波!会社寄ったの?一回。」
「そうだよ〜。徹平の所のエディターさんに『徹平にメール送ったから見る様に言っといて』って言伝を預かりました。」
二人のごくごく、スムースな会話を聞いて少し冷静さを取り戻す。
…なるほど、そうか。
『優港社』
徹平もそうだったんじゃん。
俺はどんだけ昼間浮かれていたんだと、思わず自嘲気味にははは…と一人笑いながら、ビールジョッキに口をつけた。
「…麻生…さ、ん!わぁ!」
そんな俺を見て、満面の笑みを浮かべる実波。
いや、待って。
今度は乗せられないからな、その嬉しさ満載の笑顔には。
「…どうも。」
少し警戒気味に挨拶した俺に徹平の黒目がちな目が好奇心で輝きに満ちる。
「なに、なに??どういう事?知り合い???ねえ、奏多!!!」
…良い大人がワクワク感丸出しにするんじゃないよ。
どうなのよ、そんな“The全力少年”みたいな28歳。
「今日のお昼に偶然…ですよね?」
実波は鞄を置いて、俺と徹平の間に腰を下ろす。なんの気後れもなく俺に笑顔全開向けたまま、メガネを手の甲で直す。
いや、俺は騙されないよ、そんな嬉しそうな顔してもダメだから。
その可愛い癖、出してもダメだから。
「ふ~ん…奏多、ナンパしたんだ。」
白い歯をニカッと見せて、絵に描いたようなニヤケ顔の徹平が、勝手にそんな憶測を立て始める。
「なるほどね〜。奏多それで凹んでたの?フラれて。」
…それの方がまだマシだったかもしれないんですよ、徹平さん。
「違う。俺をナンパして来たの。」
「マジで?!実波、そうなの?!」
「麻生さん!誤解を生む様なこといわないでくださいよ…この人信じちゃうから。」
いやいや、そんな、楽しそうにケタケタ笑いながら否定しないでよ。俺は別に冗談で笑わせようとか思ってなくてね?
本当に誤解して、あなたに気に入られたーって調子に乗って舞い上がってたわけだから。
昼間の事を思い出して、少し意地悪な心が俺に芽生える。
「…俺の事、『イケメン』って連呼してたし。」
「マジ?!実波、奏多の事好みなんだ」
未だ興奮継続の徹平が面白そうに、俺と実波を交互に見ている。
「えっ?!そ、そうじゃなくてさ…麻生さんは、誰が見てもイケメンじゃん。10人いたら10人がイケメンだって答えると思うよ。」
俺を気まずそうにチラッとみると、俯いてまた手の甲でメガネを直した。
…顔真っ赤。
改めて思った。
やっぱり、可愛いわ、この人。
ここで出会ったのも縁だし、やっぱり口説こうかな…なんて、また邪念を抱き始めた俺のことなんて、徹平はまるでわかっちゃいない。
「でもさ、『坂下さん』とはだいぶタイプが違うよね。『坂下さん』はさ、こう…王道のイケメン!って感じじゃん。でも、奏多はどっちかっていうと、童顔だから可愛い顔してるしさ…ちょっと猫背だし!」
シラッとサラッと男の名前を出しやがる。
誰だよ、『さかしたさん』…
そっちが気になって、さらっと俺をディスったことについてムカつけなかったじゃん。悪かったな、猫背がちで。
そして、お前に可愛いって言われても嬉しくない。
「…何?彼氏?」
食いついてるのがバレるとカッコ悪いから、感心があんまり無いフリして、椅子の背もたれに大きく寄りかかると、メニュー表に目を落とす。
「もう!徹平は色々うるさい!」
若干赤いほっぺたをぷうって膨らまして徹平の腕をパンチしている実波。
その反応に徹平は、楽しそうに、そして若干嬉しそうに(俺の色眼鏡かもしれないけど)声高らかに笑う。
『徹平』…ね。
『さかしたさん』はもの凄い気になるけど、今現在は、あなたのポジションが羨ましすぎるわ、徹平さん。
「実波の彼氏さ、それこそ、超イケメンでさ。俺ですら羨ましいもん、付き合ってるの。」
「はあ?わけわかんないんですけど。何で徹平が羨ましがるんだよ。」
「だから!男の俺でもカッコいいって思うくらいって事!仕事ができる、イケメン、ね?」
…本当に楽しそうだね、徹平。
俺の気も知らないで。
この数分のうちに、俺の心をどんだけ傷つけてると思ってんだよ。
今日は奢ってもらうからな、絶対。
そんな恨みがましさ満載の心の中とは裏腹に、平静を装って、少し面白そうに実波に話しかける。
「へ~すごいじゃん、そんなイケメンと付き合えるなんてさ。」
そしたら、急に実波は困った顔になった。
「はあ…まあ…。お付き合いしてるというか、何と言うか…。」
おっ…この反応。
もしかして、まだ曖昧な感じ?
少しだけまた、期待が芽生える。
「…何?曖昧なの?」
口の端が上がるのを必死に抑えながらそう言う俺を、また再び蹴落とすのはやっぱりこの男。
「そんなわけないじゃん!がっつり告られて、職場一歩出ると手、繋いでんだよ!」
…ほんとね、徹平、まじで、今日全部奢りだから。
そして朝まで付き合ってもらう。
「徹平!ほんと余計な事言い過ぎ!」
今度は徹平の口を抑えようと手をかざす実波。
「…ラブラブなんじゃん。」
そう言った俺の方を振り向くと、また困り顔をする。
「そんな事ないですよ…。」
椅子に座り直して、俯き加減にビールを一口コクリと飲んだ。
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