神龍

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 人を食べているかもしれない神龍に会いたいなんて、自分でもおかしいとは思う。この気持ちを説明できない。会って何かをしたい訳ではない。ただ神龍に会いたいと思う。 「僕、神龍に会いたいんだ。侍従に神龍に会わせてくれるように頼んだら会わせてくれるかな?」  侍従に頼めば神龍に会えるかもしれない。遠くからでも神龍の美しい銀色の鱗を眺めたい。もう一度、あの青い瞳を見たい。  前のめりにハルトに聞いてみる。 「麗しの館の中では神龍の侍従と話すのは難しいな。険悪な雰囲気だったみたいだ」  以前ハルトに神龍に会いたいってことを話したことがある。だからハルトは神龍の侍従が麗しの館に来てることを教えてくれた。僕に教えたことでハルトは誰かに怒られてしまうかもしれない。もちろんハルトに迷惑はかけられない。 「教えてくれてありがとう。門の前で侍従を待ってみる」  偶然を装って侍従に話しかけてみよう。  麗しの館の前でしばらく待っていると、白い四角い布で作られた不思議な民族衣装を着た男性が出てきた。茶色い長い髪で瞳の色も茶色。背は僕と変わらないくらい。アサギ国ではほとんどの人が黒髪と黒い瞳だから、目立っている。この人が侍従だ。  侍従は早足でどこかに行こうとしている。思わず「あっ」と小さな声を出した。  僕の小さな声に気づいたのか、侍従は振り返った。地獄耳?僕に近づいてくる。顔は中性的な美しさで、整いすぎていて、まるで人形ようだ。年齢は20代後半かな? 「アンバー様?まさかアンバー様ではないね。君はアンバー様を知ってる?」 「いえ、知りません」  神龍の侍従は僕を覗き込んでいるアンバー様って? 「アンバー様は昔からの知り合いなんだ。君はベリル領ゆかりの子かな?それともベリル領から来たの?見かけたことはないようだけど」  神龍の侍従に話しかけても、相手にしてもらえないかもしれないと思ったけど、僕のこの外見のお陰で杞憂に終わった。  ベリル領は神龍が住むエリアで、自治が認められている。ベリル領の人は滅多に王都に来ることはない。僕も何度か見かけたことがあるくらいだ。僕はベリル領の人みたいに髪が茶色がかっている。初めてこの外見に感謝する。 「僕を産んでくれた人は僕を産むときに亡くなってしまって、父親もわからないので、自分のルーツは分かりません。でもあなたの知り合いに僕が似ているなら、僕の両親を知る手かがりになるのかもしれません」  僕は赤ちゃんの頃に、アサギ国の乳児院に預けられたそうだ。母親は身元がわからなかったそうだから、両親ことは名前もわからない。  髪の色が茶色だから、ベリル領がルーツかもしれないと思ったことはある。でも違うと思う。ベリル領は人口が1000人くらいらしいから多分みんなが知り合いだろう。母親が隠していたとしても、小さな社会の中では、赤ちゃんを密かに生んだり、密かに預けるなんて難しいと思う。 「残念ながらアンバー様は長い間、行方不明なんだ。君の雰囲気が似てる気がしたけど、話してみると似ていないな。 私もベリル領で行方不明の赤ちゃんがいたと言う話は聞いたことがない」と侍従が頷いている。 「さっき君は神龍に会いたいと言ってたな。神龍に会って何を望むんだ?」 「どうして僕が神龍に会いたいと言ったことを知っているんですか?」 「私は聴覚の異能者だから、君たちの話は聞いていた。神龍という言葉が出たら、遠くの人の会話も聞くようにしている」  侍従もセンチネルなんだ…。だから僕の小さな声にも振り返ったんだ。  しっかり自分の気持ちを話して侍従に信用してもらえたら、神龍に会えるかもしれない。頑張ろう。 「僕の望みは神龍にプレゼントを受け取って欲しいってことと、もう一度綺麗な青い瞳を見せて欲しいことです」 「君には神龍の目は青く見えたんだな。君は男の子だよね」  小さくて髪を伸ばしているから、女の子に間違われたことはあるけど、僕から見ても綺麗な侍従に言われると少し引っかかるな。 「男ですけど」 「やっぱりね。それで、君の望みは何?」  侍従が怪訝な顔をしている。 「さっき言いましたけど」 「神龍に何かして欲しいことがあるんじゃないの?」 「だから、さっき言いました」  侍従が何度も聞くから、声が大きくなってしまった。 「雨を降らせろとか、晴れにしろとかではないの?」 「僕にはどうしても晴れや雨にしてほしい日もないし、天候は誰かが左右するものじゃないです」
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