海の見える丘

2/2
前へ
/16ページ
次へ
 噛みしめるように、緩い斜面をゆっくり上る。南中を過ぎた太陽は、真夏程の圧力はない。それでもアスファルトの照り返しを受ければ、滲んだ滴が肌表面の粗い溝を流れ落ちて、押さえたハンカチの色を濃くする。 「……ふぅ」  思わず溜め息が漏れて、苦笑いする。  60を越えた老体には、この坂はいささかキツい。道路脇に等間隔で植樹された桜の木陰で足を止め、汗を拭う。深呼吸すると、微かに潮の香を感じ、振り返る。坂道より遥か下方に、紺碧の海が広がっている。尾を引くような甲高い声が降ってきて、仰ぎ見れば、白い翼を光らせながら、カモメが数羽、青空を滑らかに泳いでいった。  あと2年したら、退職金で、この近くに家を買う。既に幾つか目星は付けてある。そうすれば、もう少し楽に会いに来れる。  額の汗をハンカチで拭い、左手の新聞包みを右手に持ち代える。卵形した紫色の花達が、紙の中で囁くように小さく揺れた。 「さて、と」  坂道に向き直る。桜3本分を上って、通路の端から8番目――そこで、彼女は待っている。  飛び交う海鳥の声を背に、僕は梢の陰から踏み出した。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加