海のブルーになりたくて

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

海のブルーになりたくて

     洋子と付き合い始めて、そろそろ半年。もうすぐ彼女の誕生日だから、心を込めたプレゼントを贈りたい。  では、何が喜ばれるだろう……?  そう考えたところで、ふと思い出す。  彼女は淡い青系統の服を着ることが多く、一度それについて尋ねたら、 「私のイメージカラーは水色なの。だって『洋子』だもの!」  と、明るい笑顔で答えてくれた。  なるほど、『洋』とは、大海とか水の広がる様子とかを意味する漢字。だから洋子は意識して、水色にこだわっているのだろう。 「ならば……。澄んだ水を思わせる、薄い青色。そういうアクセサリーが、洋子には似合うはず!」  だが、まだ俺は働き始めたばかり。たいした予算もなく……。 「そもそも、男一人で装飾品の店に買いに行くのって、ちょっと恥ずかしいよなあ」  などと考えていた頃。  別件で眺めていたフリマアプリで、それを見つけたのだった。  そして……。 ―――――――――――― 「誕生日おめでとう、洋子」 「ありがとう、筑波さん」  奮発して予約したホテルのレストランで、おしゃれなディナー。  二人で乾杯した後、早速、用意したものを渡す。 「これ、誕生日プレゼント。洋子にピッタリだと思って……」 「あらあら、何かしら?」  冗談っぽい言い方だが、彼女の顔には、明らかに期待の色が表れていた。こちらまでワクワクしてしまうくらいに。  俺がフリマアプリで購入したのは、水色の宝石を飾った指輪。  出品者の説明によると、ターコイズという石であり、証明書も付いているという。  宝石に疎い俺でも、ターコイズブルーという言葉は耳にしたことがあった。それくらい有名な宝石ならば、さぞや高価なのだろうと思いきや、そこはフリマアプリ。値段は出品者次第。気軽に手が出せる金額ではないものの、「思い切って」と腹を括れば、俺でも何とかなるレベルだった。  フリマアプリで宝石を買う、というのは少し危険な気もしたが……。俺が使っているのは、商品の発送までアプリ側で代行してくれる、というところ。購入者の住所や本名が出品者に伝わらないよう、個人情報にも気を使っているサービスだから、ここならば高額商品も安心に思えた。  なお後で調べたら、ターコイズは『空の石』とも呼ばれるらしい。だから厳密には『洋子』の青とは違うけれど、その程度は些細なこと。彼女だって怒りはしないだろう。  俺は、そう思っていたのだが……。 「何これ……?」  ラッピングを開いた洋子の顔が、みるみるうちに暗くなっていく。ゾッとするほど、冷たい表情だった。 「何って……。ほら、洋子って、そういう色が好きだから……。あれ? 俺の見立て違いだったかな?」 「……好きとか嫌いとかじゃないの。あなたがそう判断したのも、理解はできるわ。前の彼氏も誕生日に、全く同じものをプレゼントしたくらいだから」 「ああ、かぶっちゃったのか。ごめん……」  洋子にとって俺が初めての恋人ではない、というのは、俺にも薄々わかっていた。  だが、この場で言明する必要もないだろう。恋人と二人で誕生日を祝うディナー、という状況なのだ。そこで以前の彼氏のことを持ち出すのは、ちょっとデリカシーに欠けるのではないだろうか……?  そう思いながらも、口には出さない俺に対して。  洋子は、さらに畳み掛けてきた。 「でもねえ、筑波さん。ポイントは、そこではないのよ。私が腹立つのは……。あなたが私の誕生日プレゼントを、フリマアプリの購入品で済ませようとしたことなの!」  あっ!  その瞬間、俺は思い出した。  出品者の「もらいものですが、もう要らなくなったので、破格の値段で出品します」という一言を。  つまり……。  恋人からの誕生日プレゼントを、別れてしばらくした頃に、フリマアプリで売り払ってしまう。  洋子は、そんな女性だったのだ。  ならば。  もしも俺たちの関係が終わったら、俺との思い出の品々も、全て売られてしまうに違いない。  そう考えると、一気に気持ちが冷めてしまって。 「ねえ、筑波さん。聞いてるの? 私は……」  なおもガミガミと続ける彼女の言葉は、もう俺の耳には全く入ってこないのだった。 (「海のブルーになりたくて」完)    
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!