Days_Record.不明な動画ファイル

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【LOG MOVIE:0187/12/17/23:14】 (映像が始まる) (見える視界は暗く、月明かりが僅かに周囲を照らしている) (映像に映る範囲には手斧や丸太、藁やテーブルが置かれている…どうやらここは山小屋の様だ) (きぃ、ぱたん…がさがさがさ) (…不意に、音がした) (扉が開いて、しまって、藁を踏み付け、歩く音) 「…誰?」 (…そして、少女の物と思われる声) (映像が明るくなる) (先程の山小屋より、ずっと明るい) (視点が動き、山小屋の入り口へと向けられる) 「……ロボット?」 (そう呟くのは、ランタンを掲げた、少女の様にも見える怪物だった) (背格好から見るに、十二、三歳程度だろうか) (真白な踝までの髪、可愛らしく、しかし無表情の顔、鮮血に染まった真っ赤な瞳) (脂肪どころか肉すら無いと思われる細い肢体は、汚れて継ぎ接ぎになった、ワンピースを纏っているだけ) (…そしてその頭には、本来人間には無い筈の、真白の兎の耳が生えていた) 「…君は…この山小屋の主かい…?」 (若い男性の声が聞こえた) (この声はどうやら映像の主の物の様だ) 「ううん。  ここはずっと昔に使われなくなった山小屋で、私はここを借りてるだけ。  …あなたは、誰?」 「…僕は…僕は、ただのロボットだ。  名前は…ペンタス」 「ペンタス…お花の名前だ。  …うん、良い名前だね」 「ありがとう。  …それで、君は?」 「…私は、ただの怪物だよ」 「怪物…?」 「うん。  …私は私を、カルミアって呼んでる」 「カルミア…ああ、君も花の名前で自分を呼んでいるんだ。  …君にピッタリな、可愛らしい名前だね」 「…ありがと」 (自らを怪物と呼んだ少女…カルミアは映像からフェードアウトした) (ペンタスの左隣からがさがさという音がする) (視点が左に向くと、そこにはカルミアがちょこんと座っていた) 「…ねぇ、カルミア。  君にお願いがあるんだ」 「お願い…って?」 「…僕の体を解体して、お金に換えて…ある所に届けて欲しい」 「…それ、会ったばかりの私に頼む事じゃないよね…?」 「それは僕も重々承知してるよ。  …でももう、君にしか頼めないんだ」 「…街に降りれば良いのに」 「ちょっと訳ありでさ。  …それに、街に降りようにも、この足じゃあどうする事も出来ないよ」 (視点がペンタスの足の方へ動く) (視界に映る、鈍い鋼色の機械の足は砕け、原型を僅かに留めている程度で、もうまともに歩く事は出来ないであろう事が見て取れた) 「…出会ったばかりの君にこんな事を頼むのは気が引けるけど…でも…」 「良いよ」 「…え?」 「こんな私に出来る事があるのなら…私、喜んでするよ」 「…ありがとう」 「…ごめんなさい、もうすっごく眠くて…。  明日、ちゃんと話聞くから。  …私、もう寝るね」 「…うん。お休みなさい」 (カルミアがランタンの灯りを消す) (映像が暗くなった) (余程疲れていたのだろうか、隣からすぐに、すぅ、すぅという寝息が聞こえた) 「…ありがとう。  見ず知らずの僕の為に…本当にありがとう、カルミア…」 (映像はここで終わる) 【LOG MOVIE:0187/12/18/08:21】 (映像が始まる) (山小屋は窓から光が差し込み、明るくなっている) (どうやら朝が来た様だ) 「…ペンタス、起きたんだ」 (声がした方へ視点が動く) (薄汚れた肌着を着たカルミアは椅子に座って、ほかほかと湯気を立てるマグカップを持っていた) 「お水、温めただけだけど、飲む?」 「…ありがとう。  でもごめん、僕は飲食が出来ないタイプなんだ」 「そう…」 (カルミアはお湯をこくりと飲み、ほぅと息を吐いた) 「…それで、私はどうすれば良いの?」 「まずは僕の左腕を解体して欲しい」 「…私、ロボットの事は何も分からないよ?」 「僕が教えるから大丈夫だよ」 「…分かった。  やるだけやってみる」 (カルミアは膝を付き、ペンタスの左腕を持つ) 「…まず肩をしっかり掴んで、腕だけを百八十度回転させて」 (カルミアは指示通りペンタスの肩を掴んで、腕を百八十度回転させる) (すると、ペンタスの腕ががしゃりと音を立てて肩と解離した) 「外したらナイフで腕と肩を繋いでいるケーブルを全部切って。  そうすれば腕と体が完全に離れるから」 「……うん。…行くよ?」 「お願い」 (カルミアはナイフでペンタスの左腕と体を繋ぐ全てのケーブルを切った) (…その、瞬間) 「――――ギッ!」 (ペンタスの短い悲鳴の直後、映像が終わる) 【LOG MOVIE:0187/12/18/13:09】 (映像が始まる) 「ペンタス…死んじゃやだ…ペンタス…ペンタス…!」 (カルミアは、泣いていた) (祈る様に、ペンタスの外れた左手を握り) (あまり変化を見せない顔を、涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして) 「神様…お願い…ペンタスを返して…お願い…お願い…!」 (何度も何度も、そう、小さく呟きながら) 「……ごめん、痛覚を切っていたからペインリミットの事すっかり忘れてた」 (ペンタスの声に、カルミアは目を見開いた) (カルミアは目を見開き、ぽろぽろと大粒の涙を流し) 「…心配…させないで…ッ!」 (ペンタスにそう怒鳴る) 「…本当にごめん」 「……分かったなら良い」 (カルミアはぷいっとそっぽを向いた) 「…これを売って、そのお金をどこに届ければ良いの?」 「…この住所の所に届けて欲しい」 (ペンタスは右手で住所を書くと、それをカルミアに渡す) (カルミアは紙を受け取ってこくんと頷き、小屋にあったボロ布の内の一枚でペンタスの腕を覆った後、椅子に掛けてあった、薄汚れ、ボロボロになったコートを着て、フードをすっぽりと被った) 「…それじゃあ、行ってくる」 「うん、行ってらっしゃい…気を付けてね」 「…ん。ありがと」 (カルミアが山小屋の外へ出る) (パタンと扉が閉まり、それから少しばかり時間が進んだ後) 「…ペインリミット解除」 (映像に大小様々な画面が表示され、瞬時に消えるを幾重も繰り返す) (それが暫く続いて、一際大きな画面…『Pain Limit Release』と表示され、それも消えて) (最後に、最適化の為のスリープを促す画面が表示された) 「…音声によるシステムの起動を承認…スリープ」 (画面がまた幾重にも表示され、その全てが消えた後、『Good Night』と表示され、映像が終わる) 【LOG MOVIE:0187/12/18/20:56】 (映像が始まる) (いくつもの画面が表示され、山小屋の内部が映る) (周囲は暗く、月明かりが山小屋を僅かに照らしていた) 「起きたんだ」 (声のした方へと視点が動く) (声の主はカルミアだ) (カルミアは着ていたコートを脱ぎ、一息つく様に椅子に座った) 「おかえり、カルミア」 「ただいま、ペンタス。  頼まれていたお金、全部届けたよ」 「少しぐらい使っても良かったのに…」 「そんな事出来ないよ。  …もう私に、そんな事をする価値なんて無いもの」 「……?」 「…ねぇ、ペンタス。  私は、ペンタスの事を知りたい」 「僕の事を?」 「うん。  私を必要としてくれたペンタスの事を、もっともっと知りたいの」 「…面白い話じゃないからあんまり話したくないんだけど…」 「…それじゃあ、どうしてお金を届けた場所が孤児院なのか…それだけは教えて欲しい」 「…いつか話すよ。…うん、いつかね」 「……そう」 「…君の話は…やっぱり、聞かせてはくれないよね?」 「…うん。  …ペンタスが聞いて、面白い話じゃないから。  …いつか話すよ。…いつかね」 「…そっか」 「…それじゃあ、他に何かお話して?」 「お話?」 「そう。  …まだ、眠くないの。  だから、眠くなるまでお話して?」 「…分かった。  それじゃあ……ああ、そうだ。  一つ、お話を聞かせてあげよう」 「どんなお話なの?」 「むかーしむかしのお話で…僕が一番好きなお話だよ」 (カルミアがフレームアウトして、ペンタスの視点が左に動く) (カルミアはペンタスの隣に座っていた) 「…聞きたいな。  ペンタスが一番大好きなお話」 「こんな話をした事が無いから、上手く話せるかどうか分からないけど…こほん。  …それは、昔々の、そのまた昔。  …この世界のどこかにある楽園を探す、少年と少女のお話です」 (ペンタスが語ったのは、この時代より更に古い時代に、民間で語られていた物語だった) (剣と魔法を使って、楽園と呼ばれる場所を探す、御伽噺) (…夢と希望と未来に溢れた、御伽噺) (…そんなお話を語っている最中、ペンタスの隣から、カルミアのすぅすぅという寝息が聞こえる) 「…スリープ」 (ペンタスが呟くと、映像にいくつもの画面と、『Good Night』と表示され、映像が終わる) 【LOG MOVIE:####/##/##/##】 (映像が始まる) (視点が左隣へ動く) (カルミアがペンタスの肩に頭を乗せて眠っていた) (安らかな寝顔) (視点が動く) (本来なら山小屋の屋根がある方へ) (映像に一瞬だけノイズが走る) (夜闇の黒) (炎の赤) (閃光) (白) (白) (白) (『ERROR』) (『ERROR』) (『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』) (画面が赤い表示で覆い尽くされる) (消えない) (増える) (消えない) 「…………ッ!」 (増える) (消えない) (消えない) (増える) (増える) (消えない) (消えない) (増える) (消えない) 「起きてッ!ペンタスッ!」 【LOG MOVIE:0187/12/19/12:08】 (映像が始まる) (画面左上にアラートの様な赤い文字が並んでいるが、文字化けしていて読めない) (自動で全身のチェックが始まる) (終了) (…エラーは、検出されなかった) (視点が左に動く) (そこには今にも泣きそうに顔を歪めているカルミアが、ペンタスに縋り付いていた) 「…カル、ミア…。  いったい…どう、したの?」 「どうしたもこうしたも無いよッ!  何度呼んでも全然反応無いし目がチカチカしてたし意味不明な事ばかり言ってたしッ!  いったいどうしちゃったのッ!?」 「……分からないんだ」 「分からない訳無いでしょう!?」 「…今全身を調べたけど、エラーが全く検出されなかった。  …何がどうなっているのか、本当に…本当に分からないんだ」 「……ッ……そう……なんだ…」 「…ごめんね」 「…ううん、良いの。  …私も…ごめんなさい、取り乱してしまって…」 「…いや、良いんだよ」 「…」 「……それじゃあ、今日もお願いね」 「…うん。  …今日はどのパーツを持って行くの?」 「両足を…どうせもう動かないし」 「…また、昨日みたいに停止するの?」 「もうしないよ。…しない様にしたから」 (カルミアが正面へと移動すると、それを追う様に視点が正面へと移動した) (カルミアは怯えた様にペンタスの両足を捻り、取り外し、ほんの僅か躊躇って、ケーブルを切断した) (カルミアはほぅっと息を吐き、外した両足を布で包んで、コートを着、フードを被る) 「これが、今日お金を届けて欲しい所だよ」 「…うん。  …それじゃあ、行って来ます」 「…うん、行ってらっしゃい」 (カルミアは山小屋の外へと出る) (パタンと、扉が閉まった) (視点が上を向く) 「…忘却は祝福か…上手い事言ったもんだね。  …音声によるシステムの起動を承認…スリープ」 (画面が幾重にも表示され、その全てが消えた後、『Good Night』と表示され、映像が終わる) (…映像が終わる直前の音声に、遠くで何か、粘度の高い液体が滴る音が入っていた) 【LOG MOVIE:0187/12/19/20:45】 (映像が始まる) (扉の近くにカルミアはいない) 「…ごめん、起こしちゃった?」 (視点が動く) (テーブル近くに、既にコートを脱いだカルミアがいた) 「僕はどんな小さな音でも起動する様に設定してある。気にしなくて良いよ」 「…良かった。  …ねぇ、ペンタス」 「ん?」 「…今日お金を届けた所も、昨日お金を届けた所も、孤児院だった」 「…そうだね」 「…どうして、孤児院にお金を届けるの? 「…」 「……やっぱり、話してくれない?」 「…うん」 「…そっか。  …ペンタスって、とっても優しいんだね」 「…そんな事無いよ。  そんな事…絶対に無い。  僕は…君に褒めて貰える程、良い存在なんかじゃないんだ」 「…たとえどんな理由があったとしても、ペンタスは誰かの為に善い事をしてる。  …それが優しさで無いなら、いったいなんだと言うの?」 「…………後悔と、懺悔だよ」 「後悔と…懺悔?」 「そういう君も、優しいよね」 「え…?」 「だって見ず知らずの僕のお願いを聞いてくれている。  …それが優しさから生まれた事じゃないと言うのなら、いったいなんだって言うんだい?」 「…………不必要の烙印を押されたから」 「不必要の…烙印…」 「私も、ペンタスに褒めて貰える様な命じゃないと言う事。  …ねぇ、ペンタス。  昨日のお話の続き、聞かせて?」 「…うん、分かった」 (カルミアがフレームアウトする) (視点は動かないが、ペンタスの左隣からがさがさと音がした) 「どこからお話をしよう?」 「男の子が聖なる剣を抜いて、七つある海の三つ目を超えた所から」 「うん。分かった。  …男の子が楽園の情報を頼りに海を渡ると、目の前に大きな…今まで見た事が無い程大きな島が見えて来ました…」 (…ペンタスのお話は、隣からすぅ、すぅという寝息が聞こえるまで続いた) 「…まだだ。  どうか…どうかもう少しだけ保ってくれ。  …スリープ」 (ペンタスが呟くと、映像にいくつもの画面と『Good Night』と表示され、映像が終わる) 【LOG MOVIE:0187/12/20/07:45】 (映像が始まる) 「おはよう、ペンタス」 「おはよう、カルミア」 (カルミアの声のする方へと視点が動く) (カルミアは既にコートを着ており、出立の準備が出来ている様に見えた) 「準備が早いね」 「今日は早く帰って、お話の続きを聞きたいの」 「分かった。  それじゃあ今日は右腕を取って、この住所の所へ持って行って」 「うん」 (カルミアがフレームアウトする) (完全にカルミアがフレームアウトすると、視点が上へと移動した) (かちゃかちゃという音と、がしょんという音) 「…外したよ」 「…うん」 「…腕も、足も…全部、無くなっちゃったね」 「…まぁ元々、使わない代物だったから」 「…そう、なんだ…」 「…うん。  それじゃあ、お願いね」 「…うん。  …それじゃあ、行って来ます」 「行ってらっしゃい。  …音声によるシステムの起動を承認…スリ」 (スリープと言いたかったのだろうが、それが言い終わる前に、ダンという音がした) (視点が移動し、音のしたと思われる方へと向く) (カルミアが、テーブルに手を付いて喘いでいて) (額に汗を浮かべる顔を、とても苦しそうに歪めていて) 「カルミアッ!?」 「…大丈夫。大丈夫だから」 「でも…!」 「本当に大丈夫だから。…行って来ます」 (カルミアはペンタスに笑い掛け、駆け足で山小屋を出て行った) (…映像は途切れる事無く、夜になっても続き) (変化があったのは、それから数時間経った頃) (扉が開く音) (それから、どさりと何かが倒れる音) (視点が動く) (山小屋の扉) (落ちたランタンの灯りに照らされていたのは) (…そこにいたのは、膝から崩れ落ち、ボタボタと血を吐き出すカルミアだった) 「カルミアッ!?」 「……だい、じょう、ぶ…だよ」 「そんな訳無いじゃないかッ!」 (映像にいくつもの画面が浮かび、消える) (その画面の全ては、認識した対象の肉体のスキャン結果だった) (最後に表示されたのは、『Body:Lethal Damage』…致死に至る肉体損傷と表示された) (しかし、見えるカルミアの体に傷は無い) 「…いったい何がどうなって…!」 「…良いの。  これで…良いの…」 (カルミアはランタンを拾って、ふらふらとした足取りでテーブルへ動く) (視点がカルミアを追う様に動いた) (カルミアはどさりと椅子に座り、天上を見上げ、溜息を吐く) 「…早く病院に行くんだ」 「…もう遅いよ」 「この近くに高度な医療施設があった筈だ」 「もう遅いんだって」 「お金なら僕の体を売れば」 「もう遅いんだってばッ!」 (カルミアは慟哭する) (絶叫する様に) (血を吐く様に) 「…もう遅いって、どういう事…?」 「…………もう、手遅れなの。  何もかも…何もかも…!」 「……カルミア?」 (カルミアは何も言う事無く、フレームアウトする) (ペンタスの隣から、がさがさと音がした) (視点が音のした方を向く) (そこには、カルミアが座っていて) (カルミアは天上を見上げ) (どこか、何かを諦めた様な笑みを浮かべていた) 「…………私の体はね?もう、壊れ掛けているの。  どんな治療をしても、どんな名医に治療されても…もう、助からないの。  ……私は、失敗作だから」 「…失敗作…?」 「…私、兎と人間の遺伝子を掛け合わせて造られた生命体なんだって。  …でも、確立されていない理論を使って、無理矢理掛け合わせてしまったせいで、遺伝子に異常が発生して…そのせいで短命になっちゃって。  …私、本当は戦争に出た兵士さんの慰安をする為に造られたんだけど…私の体は幼な過ぎて、男の人を受け入れる事は出来ないんだって。  …私、造られた本来の理由すら達成出来てないんだって。  …だから、失敗作として処分される事になって。  …私、そこから必死になって逃げ出したの。  …逃げ出して、この山小屋に辿り着いたの」 「…そんな……そんなのって……!」 「…私は、嬉しかった。  すっごくすっごく…本当に、本当に嬉しかった。  私みたいな失敗作を…不必要という烙印を押された私を、ペンタスが必要としてくれた事が、とっても…とっても嬉しかったの。  …だから。  だから私は…ペンタスの願いを叶えたいと思ったの。  …たとえそうする事で、この命を縮める事になったとしても」 「……そっ…か。  そう…だったん、だね…」 「…ねぇ、ペンタス。  私、あなたの事が知りたい。  …たとえ残酷な真実だとしても…知りたい。  私は、知りたいの」 「…………僕の名前はね?本当は…ペンタスなんて綺麗な名前じゃないんだ」 「…それじゃあ、ペンタスの…ううん、貴方の、本当の名前って…」 「…僕の本当の名前は、ナンバーD009、コードネーム、THE DEATH。  …人を殺す為だけに人の体を捨てて兵器と化した…人類史上最強の殺戮兵器だ」 「…そう…だったんだ」 「僕は戦争に参加してね…そこで沢山の人を殺した。  …ああ、沢山の人を殺したよ。  何百、何千、何万…途中から数える事が追い付かない程に」 (視点が天井へと動く) 「…夜中…そう、夜中だった。  辺りは真っ暗で星の光も見えなかった筈なのに、一瞬で目も眩む様な光に包まれたんだ。  その光は少しの間続いて…光が晴れた後には、何も残らなかった。  人も、木々も、堅牢な建物すらも。  …その光が、僕のいた国が落とした『神罰』と呼ばれる爆弾で、  人間の細胞に致命的なダメージを与える毒を持つ光を放つ爆弾だと知ったのは、それから暫くしてだった。  …僕達の様な元々人だったロボットは、情報処理を早く正確に行う為に人間の脳を使っているんだ。  …神罰の光はこの外殻を貫いて脳にダメージを与えた…それこそ、何をしても助からない程の致命的なダメージを。  …戦争が終わって死んだ物とされた僕は、残された命の使い道を決めた。  …この街はね?かつて僕が所属していた軍が襲撃した街で、僕が殺した人達が遺した子供達がいるんだ。  …その子達が、少しでも幸せになれるならって思って。  だから、僕の体をお金に換えて、遺された子達に届けて欲しかったんだ」 (視点が隣にいる…今にも涙を流してしまいそうな程に顔を歪めているカルミアに向く) 「…かつての僕は神様を恨んだ。  神様、神様。…どうして貴方は、僕を見捨てたのですか?…ってね。  …でも、今の僕は神様に感謝しているよ」 「ど……して……」 「カルミアに出会えたから」 「私…に?」 「うん。  …神様が僕を祝福してくれたから、僕は君に出会えた。  僕を信じ、僕に力を与えてくれた…何者よりも、どんな命よりも優しい君に」 (カルミアは嗚咽を上げ、堰を切った様にぽろぽろと涙を零し) (そして、微笑んだ) 「…私も、神様が嫌いだった。  私の命をこんなに短くして、そんな短い命すら意味を成さなくて、  どうして神様は、私にこんな残酷な運命を与えたのかなって。  …その理由、ようやく分かったよ。  …私が今まで残酷な運命の中で生きて来たのは、貴方に…私を必要としてくれて、私を想ってくれるペンタスに、会う為だったんだね」 (カルミアは握ったペンタスの手を自らの額に当てて、目を閉じる) 「…私は最期までペンタスの側にいる。  最期まで側にいて、ペンタスの願いを叶え続けるから」 「…………ありがとう。  …本当に…本当に、ありがとう……」 (ペンタスの言葉を最後に、映像が終わる) 【LOG MOVIE:0187/12/20/19:56】 (映像が始まる) (夜の暗さ) (音がする方へ視点が動く) (そこにはコートを置き、椅子に深く座ってぐったりとしているカルミアがいた) 「…おかえり、カルミア」 「…うん…ただいま。  …最後のペンタスの体…売れる物、全部売って…届けて来たよ」 「…ありがとうね、カルミア」 (カルミアがフレームアウトする) (ペンタスの左隣から、がさがさという音がした) (音のする方へ向くと、カルミアが壁に寄り掛かり、ぐったりとしていて) (道中で吐血したのだろう、口元に拭い切れていない血の跡があった) 「…血だらけだね、カルミア」 「…ペンタスも、もう本当に動けなくなっちゃったね」 「見た目もそうだけど、もう脳が正常に働いてないよ」 「…私も、もう呼吸するのが辛いの」 「…二人共、ぼろぼろだね」 「…うん。  ……私、もう、長くないみたい」 「…僕も、あと数日で脳の機能が完全に停止するみたい」 「…ねぇ、ペンタス」 「…なんだい?カルミア」 「…お話…して?  …最期の時が来るまで…ペンタスのお話を、聞いていたいの」 「……うん、分かった」 (…それから、ペンタスは話し続けた) (昼も、夜も無く) (少年と少女と、沢山の仲間と共に楽園を探す、冒険譚) (…夢と希望に溢れた、物語を) (カルミアの体は、限界を迎えていた) (ぐったりと壁に寄り掛かったまま、身動き一つする事無く) (時折咳き込んで血を吐き、ヒュー、ヒューと、細い息を吐くだけ) (ペンタス…この映像の主も限界を迎えていた) (十時間以上も映像が続いたかと思えば不意に途切れ、その一分後に再開したり、映像にノイズが走ったり、今まで使っていた言語とはまるで違う言語で話し始めたり) (…………そして) 【LOG MOVIE:0187/12/24/23:53】 (映像が始まる) (視点が左隣へ動く) (身動き一つせず壁に寄り掛かっていたカルミアは、ペンタスを見ていた) (その目は虚ろで、光が無く) (その口からはヒュー、ヒューという短い呼吸音しか上げず) (全身は、吐いた血で真っ赤に染まっていた) 「…ペンタス……起き、たんだ……」 「…僕はどれぐらい意識を失ってた?」 「……分かんない」 「…そっか…」 「……ねぇ、ペンタス。  …私…もう…駄目、みたい…」 「…僕も、もう……限界…だね…」 「…私…私、ね?…ずっと…ずっと、神様に…祈って、いたの。  …もしも…もしも私が…生まれ…変われるのなら…。  それを、神様が…許して、くれるのなら…。  物語の…中…なんて…贅沢は、言わないから…。  こんな…こんな世界じゃなくて…幸せに…満ち溢れて…いる…世界で。  そんな…世界で…ペンタスと…一緒に…生きたい…。  ……ペンタス。  私…私は……貴方が、好きだよ…。  本当に………………………大……………………す………………………………………」 (カルミアは、それ以上何も言わなかった) (虚ろな…まるで、命の無い人形の様な目をしたまま) (…それでも、幸せそうな微笑みを浮かべていた) 「…おやすみ。カルミア。  辛かったね。苦しかったね。  …今まで、良く頑張ったね」 (映像にノイズが走り、いくつもの警告が表示される) 「…兵器の僕も、君と同じ所に…行けるかなぁ…?」 (やがてノイズが画面の全てを喰い尽くす) 「…僕も…僕も、君と一緒に生きたい。  君が夢見た、幸せに満ち溢れている世界で、一緒に。  …カルミア。  …僕も、君が大好きだよ。  本当に…本当に……愛して…………いるよ…………………」 (映像が終わる) (…これより先の日付の映像記録は、存在しない) 「ご、ごめん!遅くなっちゃった!」 「一分の遅刻だよ」 「いや本当に色々あって!  まさか財布が冷蔵庫の中にあるなんて思いもしなくて…!」 「本当にどうしてそんな所にあったの…?」 「寝惚けてたんだと思うけど…」 「寝相悪いよね、本当に」 「ま、まぁ無事に見付かったし!  何か奢るから許して?ね?」 「じゃあ『スイートホーム』の特大パンケーキで手を打ってあげる」 「あれ五千円ぐらいしなかったっけ!?」 「遅刻した罰だから」 「ううううううう……よ、良し!僕も男だ!」 「じゃあ早く行こ」 「随分あっさりといったね!?」 「うん。  だって、早く行きたいんだもの。  …私が大好きで大好きで愛している、貴方とのデート、早く行きたいんだもの」 「…」 「…何か言ってよ、恥ずかしいんだから」 「え、えと…末永くよろしくお願いします?」 「うん。  …末永く、いつまでも、どうかよろしくね」 (了)
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