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プロローグ
…雨が、
雨が降っている。
闇の中だ。
髪の先から滴ったしずくが頬の輪郭を撫でて落ちた。
足下の水たまりに波紋が広がる。
(──)
雨の降る音の間に声が聞こえる。
(───…)
漆黒の闇の中で、そこだけが薄く、陽炎のようだ。
(……、──…い)
立ちつくしたまま、その陽炎を見つめた。
そこから手を差し出されて息を呑む。
おいで、と陽炎は言った。
こっちへおいで、と。
どうすればいいのか迷う。戸惑ったが、何度も言われてついにそのやけに小さな手に触れようと手を伸ばした。
「駄目だ」
声がして、寸前で手が止まった。
見上げると誰かが立っていた。
雨が姿を隠している。
その手を取っては駄目だ、とその人は言った。
*
揺れる肩に降り続く雨。
大事ななにかを問いかける声が消えていく。
泣いているのだろうか?
よく聞き取ろうと耳を澄ますたびに、夢はそこで終わった。
その夢は、いつも雨の匂いがした。
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