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ファミレスに入ってから一時間が経って、私の額には冷や汗が滲みつつあった。一体いくつの電車を逃しただろう。食事を終えてから随分と長く居座る私に閉店時間が近づくことで穴あきになったテーブル席がその異様さを際立たせた。食後の皿を運ぶウェイトレスの目が今の私には指名手配犯を追う警察官の目と同じに見える。手当たり次第、友人に連絡して回ったが現状を解決する見込みはつかなかった。あとは携帯電話が折り返しの着信を鳴らしてくれることに小さな望みをかけるのみ。その望みも今しがた、携帯電話の充電切れによって潰えた。
ここで私にはいくつかの選択肢がある。
一つは正直に事情を話し、一度自宅に帰らせてもらうこと。店長が許可してくれるかは分からないが、停滞した現状を進展させることは出来る。金を貸しつけてくれるかもしれない、警察に通報されて連行されるかもしれないし、代金分の労働を要求されるかもしれない。ただ、私は「金がないなら皿洗いをして行け」なんてことで解決しているところを見たことも聞いたこともない。
一つは友人が私の怪しげな動向に気づき、救出を試みてくれることを待つこと。携帯電話の充電が切れ連絡は取れないものの、電話以外に所在地や私の状況を説明したメールを送っているため、きっと助けに来てくれるだろう。
考えたくはないが、食い逃げ犯として一生を生きていくことも選択肢の一つではある。まあ、その場合、「ファミレスで財布を忘れて食い逃げ」という最も間抜けな食い逃げ犯として翌朝のネットニュースに載ることになるだろう。
そんなことを想定している内にまた一人また一人と私の異物感を隠していたお客様の姿が消えていく。内容量の小さな鞄の中を何度もまさぐり、片手で数えられるほどの所持品の確認を繰り返した。ついにいくらかの金も希望もないことが身体にまで分からされ鞄を持つ手が離れる。転げ落ちた私の鞄を拾い上げ営業終了を伝えに来たウェイトレスが私には天使にも悪魔にも見えた。
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