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プロローグ
コツコツと階段を登る音が洋館に響く。
それはその空間がどれだけ静かであるかを示していた。
そして、その音の主である、
梅竹 千代子(うめたけ ちよこ)は、ため息をつきながら階段を登っていた。
彼女はこの洋館のメイド長というそこそこ高い地位についている人間だが、主から命じられたことは、「理人に早く寝ろと行ってこい」だった。
理人とは主の息子のことなのだが、メイドはおろか、そこらへんにいる小学生でもできるような命令だ。
そして今は夜中の2時ごろである。
これだけの要素が重なれば、拒否したくなるのも
当然だが、こんな遅い時間なら他のメイドはとっくに眠りについている。残るは自分一人ということで重い足取りで階段を登っているというわけだ。
目的の部屋につき、コンコン、と2回ノックをし、
「失礼します」と言ってその部屋へ入る。
その部屋に入ってまず目に入るのはいくつかの巨大な本棚である。
何も知らない人がこの部屋に入ったならば、これは壁かと勘違いしてもおかしくないもので、その本棚には、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロなどの推理小説がずらりと並んでいる。そしてその本棚が囲んでいる場所の中心にあるのはスタンダードな机と椅子が一つずつある。
一見すると図書館のようだが、これがこの部屋の主、氷矢 理人(こおりや りひと)の部屋の全てである。
とても子供部屋と言われて信じられるものではない。
初めてこの部屋を見た時は千代子もとても驚き、
こんな部屋にいる理人のことを可哀想だと思ったが、当の理人はこの部屋をとても気に入っており、「できることならこの部屋でずっと過ごしたい」と満面の笑顔で言ったのだ。
そんな部屋の中央の椅子に座っている少年が千代子の目に入った。
その少年は、自分の部屋にも関わらず、外出するときに着るような黒いタキシードを着て机に向かって本を読んでいた。
「理人さん」と千代子はその少年の名を呼んだ。
「早く寝るように、とお父様が言っておりましたよ。その…あなたの体質は十分理解していますが、明日は学校でしょう?」
千代子がそう言うと、理人と呼ばれた少年は、
千代子の方を向き、
「僕もそう思って寝ようとしたんだけどね、1時間ずっと目を閉じていても全く眠くならないし、むしろ目が覚める一方だったのさ」
高い鼻や、くっきりとした黒い目から構成される端正な顔をこちらに向けながら、悪びれることなくこう言った。
このような話をするのは一回や二回どころか百回ほどなのだが、全く治らないのは彼の悪いところである。
「頼みますからいい加減早く寝てくださいよ…
私だってこんなこと何回もやりたくないんですよ」
「何か不機嫌だね、千代子さん。とはいえ今日はまだ寝るわけにはいかないんだよ」
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