料理人の本棚

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 初任給の高さに魅せられて説明会に行ったは良いが、日常の業務を見学した時、気持ちは冷めた。美也子は初めて、給料の高さでは耐えられない仕事があることを知った。  それでも面接を受けたのは、説明会と面接がセットになっていたからだ。後からホームページを見ると、面接保証などと書かれていた。 それはつまり、軽い気持ちで説明会に来た学生を逃がさないようにという悪辣な手口だったのだ。  しかし、まだ自分には権利が残されている。内定を蹴飛ばすという最後の権利が。 「それなんだけどさ」 「社会福祉法人寛恕会だっけ。良さそうなところじゃない」  美也子は一瞬全ての音が遠ざかるのを感じた。母親が何か喚いているのがどこかで聞こえる。 「ちょっと、聞いてるの?」 「いや、ちょっと待って。寛恕会って何よ」 「あんたがそこから内定もらったって、凛々子ちゃんが」  美也子はスマホを握りしめた。フレームが軋む音がしたような気がした。 「もう十一月よ。浪人も留年もできないんだから、もうここに決めなさい」  有無を言わさぬ口調だった。信楽美也子は大学四年生。入学直後からの努力の甲斐無く、 四日前まで無い内定(NNT)だった、就職戦線で孤立した女子大生である。  次の日、美也子は井馬凛々子を大学近くの喫茶店に呼び出した。席に着くなりメニュー表を開いた凛々子に、不機嫌さを隠さずに呼びかける。困惑の表情を浮かべた凛々子は首を傾げた。 「どうしたの美也子。何かあった?」 「うちの親に内定先のこと言ったでしょ」  前置きせずに鋭く切り込むと、凛々子はのんびりと宙を見上げた。人差し指を唇に当てる仕草が妙にかわいらしい。 「あ、言っちゃったっけ」 「何でそんなことするわけ」 「ごめんごめん、口が滑った。でも口止めもされてなかったし」
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